冷酒


 寒い、寒くて死にそうだ。

 猫がてとてとと歩いてくる。上着を一枚多めに羽織る。鼻水が出そうになったから、嫌気がした。そろそろ秋物のコートを出すべきか。そんなことを考えながら山縣は、朝倉の家へと向かった。

 まだ羽染が療養中のその家で、今日は日本酒でも飲みたいなだなんて思う。

「冷酒を用意していたんだ」

 着くとすぐに朝倉が言った。
 日本酒を飲みたいという気分は一致。そして山縣は冷酒が好きだった。
 しかしこうも寒くては、熱燗にも心惹かれる。
 だがありがたく益を受け取った。

「羽染は?」
「もう眠ったよ。と言うか寝てる。もう朝の四時だよ」
「お前は何時ものくせで早起きか」
「明日が珍しく僕が非番だと知っていて、こんな時間に来たんじゃないのかい?」
「まぁな」

 冷酒を酌み交わしながら、互いに笑い合う。
 こんな夜も悪くない。いやもう朝方か。
 正確には、山縣にとっては夜であり、朝倉にとっては朝なのだ。

「震えてるな」

 山縣の様子に気づいて朝倉が首を傾げた。

「そんなに外は寒かったの? いいや違うな、朝から何も食べてないんだろう。違う?」
「まぁな。ちょっと立て込んでてな」
「何か用意しようか」
「麦酒以外が冷蔵庫に入ってるのか?」
「羽染がいるからね。熱燗にするかい?」
「いい。美味い」
「じゃあ僕が暖めてあげようか?」
「どうやって?」
「添い寝」
「明日の朝羽染が目を剥くな」

 そんな冗談を言い合ったところで、山縣は長い足であぐらをかいて、煙草を銜えた。しかしいくらオイルライターで火をともそうとも冷え切ったからだは温まらない。マッチ売りの少女気分だ。

「眠くないのかい?」
「眠いに決まってんだろう」
「それでもここに来る。羽染が心配?」
「それは有馬だろう。死んだと思って、今だに落ちてる」
「外側は明るく振舞ってるのが、逆に心配になるな」
「あの凹み具合はしばらく続くな」
「いつ教えるんだい?」
「まず羽染が快癒してからだな」

 二人はなんだかんだ言ったところで、自分たちに懐いてくれている有馬のことも相応に心配していた。朝倉が頬杖をつきながら、傍らにおいてあるビール専用冷蔵庫に申し訳程度に入れておいたセロリの漬物を取り出す。

「なんだ、本当にあるのか。珍しいな」

 卓上にあった箸を手に取り、山縣が笑う。次第に朝倉が入れた空調と酒のおかげで体が温まってきた。遠慮なく漬物を頂きながら思う。自分たちは気が合うのか合わないのか。まだわずかに震えるてでタバコのフィルターを挟む。紫煙が天井へと登っていった。普段は食べる時は煙草を吸わないが、今日はそういう気分だった。わずかな眠気しかないからなのかもしれない。

「ねぇ山縣。少し休んだ方がいいんじゃないのかい?」
「俺も明日は非番だぞ」
「本当に君に非番なんてあるの? 休日にはこうして部下の様子を見に来て」
「休日くらい好きなことをしたって良いだろう。単純に羽染の顔が見たいだけだ」
「僕の顔じゃないんだな」
「それは休日じゃなくても見に来る」

 それが嘘ではなく、事実だとわかっているから、朝倉は思わず微笑を濃くした。

 互いにこの国を離れることは多い。
 それでも、そんな日でも、何処かで、そう空のようの繋がっているとわかる感覚がする。こんな日々が続けばいいなと朝倉は願っていた。

 そう、そろって冷酒を酌み交わせるような日々が続けばいいなと。

 ――次の世界大戦が起きるまで、この関係は続いた。