夜の蝶


 僕は夜の蝶になってやる!
 そう思ったのは、いつの日だったんだろうか……。
 多分売られてきてすぐの頃だ。全く売れないから、無駄な決意だったんだけど……。

 だけど今の僕には、雨宮様が居る。
 いてくれるだけで良い。側に一緒にいてくれさえすればそれで良いんだ。売れなくて良い。寧ろ売れなくて良い。雨宮様をいつだってお待ちしていたい。

 ――だけど僕が売れに売れていた方が、常連さんとして、雨宮様は喜んでくれるだろうか?

 そんな気がしないでもない。
 僕がそれこそ、秋桜太夫みたいだったら、雨宮様も鼻が高いかも知れない。

「どうしたんだい、紫陽。習字道具なんか用意して」
「僕は僕に出来ることを極めるんです!」

 そう、そうなのだ。
 僕の唯一と言っていい取り柄は、小さい頃に習字を褒められたことなのだ。
 僕は滅多に文なんて書かないから、筆ペン使いはちょっとどうなのか分からないけど、小さい頃褒められたし、習字ならば僕にもよりしろがあるかも知れない。

 楼主様に向かって大きく頷くと、何故なのか生温かい目で見ながら笑われた。
 失礼だと思う。

 こうしてその日から僕は、習字を、筋トレの後練習するようになった。
 今のところ、てるてる坊主の顔を描くときにしか、活用してはいないけど。


「なんだか最近この部屋は、良い匂いがするね」

 ある日雨宮様に言われた。最初は何のことなのか分からなかった。
 だから首を傾げていると、雨宮様が文鎮を手に取った。

「書道をしているの?」
「は、はい!」
「てるてる坊主の顔を描くために? 本格的だね」

 雨宮様はそう言うと喉で笑った。確かにそれは間違っていない、そこでしか役に立っていない、だけど違う、違うのだ。

「墨の匂いがお好きなんですね」
「どうかな。ただ悪くないとは思うけどね。それとも誰かに、起請文?」
「僕は雨宮様にしか、恋文は書きません!」
「営業がまた上手になったんじゃない? 確かに貰った文の字も上手かったしね」
「ほ、本当ですか?」

 やっぱり僕は、少しは字が上手いのだろうか? なんだか嬉しくなってしまった。
 思わず頬が持ち上がる。

「営業上手を褒められて喜ぶって、一応俺は上客何じゃないのかな」
「あ、え、そっちじゃなくて。字、字です! 本当に上手かった?」
「ああ、上手かったね。字が上手いと頭がよく見えるよね」
「本当ですか! 雨宮様は、頭が良い人が好きですか?」
「ちょっと抜けてる子も悪くないかな」
「そうですか……」

 なんだか悲しくなってしまった。折角頭が良さそうだと言われたのに、逆の方が好きだなんて……。

「紫陽……別に俺は、君の頭が良いとは一言も言っていないよ。どうしてそんなに悲しそうな顔をするのかな」
「え」
「紫陽が抜けていて可愛いって言ったんだよ」
「え? ええと……」

 これは喜ぶべきなのか? 可愛いと言われたのは純粋に嬉しい。だが、暗に頭が悪いと言われていないだろうか……。別に僕は、そこまでバカじゃないと思うんだ。それこそ雨宮様と比べたら、悪いかも知れないけど。

「俺はただ紫陽に喜んで欲しくて言ったんだから、そんなに考え込まないでよ」
「雨宮様は、僕に喜んで欲しいんですか?」
「多分ね」
「た、多分……」
「紫陽は?」
「え?」
「俺に喜んで欲しい?」
「当然です!」

 そう言うと手首を握られ、抱き寄せられた。
 力強い腕の感覚と、固い肩に胸がドクンと高鳴った気がした。ずっとこうやって雨宮様に抱きしめてもらっていたら、多分幸せだと思うんだ。

「俺がどうすれば喜ぶか知ってる?」
「もっと習字を頑張ります!」
「……その前に、寝室に行きたいな、俺は」
「はい!」

 僕が大きく頷くと、雨宮様が吐息に笑みを乗せた。
 それから僕たちは、寝床へ移動した。

「ッ、んぁ」
「綺麗だな、紫陽は」
「ぅ……ああっ、ふ、あ、あ」
「気持ちいい?」
「うん……あ、雨宮様ぁ……僕、もう……ッ!!」

 ゆるゆると腰を動かされ、僕は熱い吐息をついた。衣が擦れる音がする。
 雨宮様に頂いた打掛が、くしゃりとなっていた。

「どうされたい?」
「動いて……っ」
「どんな風に?」
「あ、やぁ、そんな、そんなのッ、いつもみたいに――」
「ちゃんと教えてくれないと分からないな」

 そう言うと雨宮様が、満面の笑みで筆を手に取った。

「え……?」
「分からないから、好きにしちゃおうかなと思って」
「ンあ、ああっ、ああああ!!」

 雨宮様が、筆で僕の乳首を撫でた。ちくちくとしたけど、墨汁の感覚がツキリとして、その甘い疼きに、思わず目を伏せた。

「や、やだ、ぁ、ァ」
「これは嫌なの?」

 すると中を陰茎で揺らしながら、今度は僕の中心の側部を雨宮様が筆でなぞった。
 筆なんて側に置いておくんじゃなかった……!
 ツツツと撫でられて、僕は涙が浮かんでくるのを感じた。

「っっっ、うあ……あああ」
「こういうのでも気持ちいいんだ?」
「ち、違っ、んンあ、嫌」
「嫌なの?」
「雨宮様が良い」
「俺の指?」
「違う、もっと中、動いてッ……っ」
「じゃあお願いして」
「え? え、あ……や、お願い、雨宮様、気持ち良くしてっ」
「残念だけど別に俺は紫陽のお願いには弱くないんだよね」
「ひゥッ――――あああああ!!」

 しかし激しく中を揺さぶられて、僕は眼窩の奥が白く染まった気がした。
 気持ち良かった。もう限界だ。
 僕はそのまま果てて、ぐったりと布団に体を預けた。

 筆プレイなんて、雨宮様はやっぱり変態だなって思う。だけどそんな雨宮様のことが、僕は嫌いにはなれない。

「雨宮様、雨宮様」
「ん? どうしたんだい?」
「大好きです」

 告げて満足して、そのまま僕は寝入ったのだった。