茅花流し


 今日は、小雨が降っていて、それが風に吹かれている。
 まだ見世が始まったばかりだというのに僕は、早く雨宮様は来ないだろうかと、格子の中で一人楽しい気持ちになっていた。雨宮様が来たら、今日は何を話そう?

 そんなことを考えていたら、楼主様に呼ばれた。
 何でも秋桜太夫のお客様が、お友達を連れていらっしゃるから、お座敷に出て欲しいというのだ。僕は雨宮様以外――その前は庄野様がたまに来てくれるしか暇ではない時間がなかったので、時にこういう風に頼まれることがある。

 ……雨宮様は未だ来ない。
 そしてこれも仕事だ。僕が頷くと、楼主様が何故なのか胸をなで下ろした。
 きっと僕以外誰もあいていなかったのだろう。

 馴染みのお客様のご同伴だから、特例で初会なしに、宴会の席をご一緒させて頂くことになる。その代わりに、同じ枕にはいることは今日はない。まぁ今日でなくとも僕はないかもしれないが。

 ――それにしても、このお客様というのが、すでにできあがっていらした。
 本来であれば、東屋は泥酔客は禁止だ。入店禁止なのだ。
 だが、秋桜太夫のお客様が連れてきたからと、目がつぶられることになった。

 そして僕は、なるべく薄く薄く焼酎を作っているのだが……さっきからずっと肩を抱き寄せられている。これも仕事だから、嫌だと言うつもりはない。ただちょっと、本気で嫌だと思うのは――……

「紫陽と言ったな、ほら、もっと飲め」

 先ほどから、飲んでも飲んでも飲んでも、お酒を勧められることである。
 僕は見習いの頃教わったとおり、頑張ってアルコールを舌で飛ばして飲んでいる。少なくともそう試みている。口に含んで舌の上に少しお酒を置くと、アルコールが飛ぶのだ。

 だけどそれでも追いつかないくらい、次から次へとお酒を注がれる。

 それも苦くてあんまり好きじゃないビールだ。ビールだから、アルコールを飛ばすなんて言うほど強くはないはずなのに、もう四杯も飲んで僕は、頬が熱くなってきてしまった。というか、ビールにもアルコールとばしはきくのだろうか。さっきから口に含んで舌の上に置いておくと、舌がぴりぴりするから、結局すぐ飲んでしまっているのだが……。

 その時楼主様に呼びに来られて、僕はお座敷を中座した。


「雨宮様……! 会いたかった!」

 静かに感じるお部屋で二人きりになった瞬間、僕は思わず雨宮様に抱きついてしまった。

「どうしたの紫陽、珍しいね――……姿が見えなかったけど」
「お手伝いに行っていたんです」
「手伝い? 他のお客様が来ていたにしては、早いと思ったけど」
「はい。もう、早く雨宮様が来てくれないかと思いながら、ずっと頑張ってビールを飲んでました!」
「それでお酒の匂いがするんだね。飲み足りたの?」
「もう飲まなくて良いです。十分です」

 そう告げながら雨宮様の両手の袖を握って顔を見上げた。
 やっぱり僕の顔はほてっている。

「――他のお客様の勧めるお酒は飲めて、俺のお酒は飲めない?」
「え?」

 雨宮様はそう言って意地悪く笑うと、僕の手をほどいて、猪口を持ち、日本酒を口に含んでから、僕のあごに手で触れた。そして引き寄せられる。

「ン」

 キスを去れ、直接口の中に、日本酒を流し込まれた。流し込まれた……!
 吃驚して目を白黒させると、口を離して、手の甲で雨宮様が口をぬぐった。

「お酒を飲んでいる紫陽がすごく色っぽく見えてね。そうさせたのが俺じゃないと思うと嫉妬したんだ。だから俺のお酒も飲んでほしくてね」
「え、あ……」

 お酒のせいでなのか、そんな言葉に照れたからなのか、どちらなのかは自分でも分からなかったがさらに照れてしまった。


 それから僕の部屋に移動した。

「うぁあああん、あ、雨宮様……っ、んぁああ!!」

 僕が酔っているからそう感じるのかもしれなかったが、今日の雨宮様はなんだか激しい。
 先ほどから何度も角度を変えられ、体勢を変えられ、僕は深々と貫かれている。
 雨宮様は普段、僕のことを触って焦らしたりしている時間の方が長いけれど、今日はずっと雨宮様の楔で激しく揺さぶられている。

「あ、あ、あ、ああああっ!!」

 いつもだと僕の感じる場所を嫌と言うほど刺激されてばかりで、雨宮様はそう言うのが好きなのかと思っていたのだが、今日は違った。

「やぁああ、あ、あン――!! ひう、あ、ン――――!!」

 まるで獣同士が交わるように激しく、どこか強引に僕は体を貪られていた。
 皮膚と皮膚がたてる高い音がする。
 雨宮様が出したものと香油が混じり合って、僕の中でびちゃびちゃと音を立てている。
 今日は雨宮様も、もう二度も出している。

 それでも夜は終わらない。

 酔いのせいなのか快楽のせいなのか今度は分からなくなりながら、僕はドロドロになってしまう気がした。激しすぎて、息が苦しい。

「ひあ、ああっ、ン――っん、あ、あ……ああっ、うあ、あン!!」

 雨宮様の腹部でこすれた僕の陰茎も、精を放った。これももう数度目だ。
 今日の雨宮様はどうしてしまったのだろう。
 野生動物みたいに、獰猛な顔に見える。凛々しく笑っているのが、なおさら怖い。

 ――だけど愛おしい。

 一つになる感覚、そんな気持ちになった。
 がつがつと体をこんな風に求められるのは初めての体験で、何故なのか僕は、これはこれで満たされていく気がする。

「うあ、あ、ン――あ、雨宮様、あっ」
「っ、紫陽、俺だけのものでいてくれるかい?」
「あ、あ」

 もうとっくに僕は雨宮様だけのものだって言いたかったけど、僕は一応仕事があるし、言葉に悩んだのもあるが、口を開けば嬌声しか漏れては来なかった。

「俺だけのものにするけどね」
「ンあ――――!!」

 そのまま一際大きく突き上げられて、僕は意識を失ってしまったようだった。



 目を覚ますと、もう雨宮様はいなかった。

 それからもう一眠りして起床すると、楼主様がニコニコしながら僕の部屋にやってきた。

「紫陽もたまには嫉妬させておやりよ」
「嫉妬……?」
「一途なのも良いだろうけどねぇ、たまにはやきもきさせてやった方が良いんだよ、お客様なんてものはね」

 楼主様はそう言うと帰っていったが、僕は二日酔いと、昨日の激しかった行為のせいで頭痛に襲われていて、あんまりよく聞いてはいなかった。


 その日の夜も雨宮様は来てくれた。
 僕の頭は、相変わらず痛いままだった。

「紫陽、顔色が悪いね」
「平気ですよ。きっと雪洞のせいです。取り替えてもらいますか?」

 仮にもプロなのに、二日酔いなんてかっこわるくて言えない。
 それに腰が痛いのは恥ずかしくて言えない。

「もしかして昨日みたいなのはいやだったかな? 愛想を尽かされてしまったのかな」
「ち、違います!」
「違うんだ?」

 ……出来れば僕は、優しく抱いてもらうのが好きだとは思う。反射的に否定してしまったものの、それでも別に、本当に、雨宮様が相手だったのだから、昨日のことは嫌じゃない。むしろ、雨宮様にあんな風に情熱的に求めてもらえたのは嬉しい、ような気がする。

「――無理をさせたのは、これでも分かっているつもりだよ。酔っていたのにごめんね。つけいるようなことをして」
「別にそんなこと無いです」
「紫陽」

 すると、ぴとりと雨宮様の手が、僕の頬に触れた。冷たくて気持ちが良い。どうせならば、額に触って欲しかった。

「額も」

 思っていたら、つい言ってしまった。
 するときょとんとした後微笑して、雨宮様が僕の額に触れてくれた。

「もしかして二日酔いで頭が痛いの?」
「どうして分かったんですか?」
「紫陽のことだからね。俺が持っている頭痛薬で良ければあげるよ」
「いいんですか?」

 頷いた雨宮様は、僕に錠剤を二つくれた。

「紫陽のためならどんな薬だって用意するよ」

 その時僕はその発言をいつもの睦言だと思って聞き流したのだが、後に実際に雨宮様はどんなお薬でも用意できると知って吃驚することになるのだった。そして雨宮様は、本当に僕のために、効果の高い様々な医薬品を入手してくれた。

 ――火傷の傷が綺麗に消えたのは、多分そのお薬のおかげがかなりあると、僕は思っている。雨宮様は、そのころから今に至るまで、本当に優しい。僕はいつかその優しさに報いることが出来たらいいなと思っている。ただ、一緒にいられるだけでも幸せなのだから。