五月闇


 今日は五月闇の夜だ。
 この闇では菖蒲も見えないだろう。

「紫陽、動かないで」
「っ、ぁ……雨宮様……ッ」

 先ほどから雨宮様は、丹念に僕の菊門の襞を舐めている。
 一本一本ほぐすように蠢く舌先の感覚に、僕は気が遠くなりそうになりながら震えている。背をそらせて体を突き出している僕は、両手で畳に触れた。

 雪洞が、立てかけてある打掛の影を僕の方にまで届かせる。

「ぁ、あ、あ……ううっ」

 それから舌先を抜き差しされて、僕はゾクゾクとした快楽が走りあがってくるのを止められなかった。ただ舐められているだけだというのに反り返った僕の陰茎からは透明な密がしたたり落ちそうになっていて、このままでは畳を汚してしまいそうで怖い。

 もう中に指を入れて、激しく動かして欲しかった。
 だがそんなことは恥ずかしくて言えない。

「っ……あハッ、ン……は」

 ――すでに二時間になろうとしている。僕はただずっと、舐められているのだ。
 これで動くなという方が無理な話である。

「いやだ、もう……雨宮様っ……!」
「まだきついと思うよ」

 いつもみたいに指でほぐしてくれればいいじゃないかと思いながら、僕は抗議を込めて雨宮様を睨んでみた。すると雨宮様はニコニコと笑っていた。服はどこも乱れていない。

「かわりにこれを挿れてもいい?」

 そして雨宮様は着物の裾から、細長い木箱を一つ取り出した。
 なんだろうかと見ていると、ふたが開けられる。中に入っていたのは小さな卵形の玩具で、細長い棒が二本ついていた。棒の先端からはコードが伸びていて、スイッチがある。

「なんですか?」
「挿れてみればわかるよ」

 分かりたくない気がした。

「嫌です! 僕は雨宮様が良いです!」
「ものは試しだよ」

 そう言うものなのだろうか。だが、だとしてもなんだかこんな不穏な物体を挿入されるのは怖い。無理だ無理だという思いを込めて首を振ると、体を反転させられた。

「お願い」
「……っ、雨宮様……」

 お願いされてしまった。いまだかつて雨宮様に何かをお願いされたことなどあっただろうか。それがちょっとだけ嬉しくて、気づくと僕は曖昧に頷いていた。頷いてしまっていた!

「っひゃ」

 すると、雨宮様が球体を押し込んできた。
 見ている分には小さかったというのに、内部では異物感を覚える。
 それから指先でその球体を雨宮様が、僕の中の感じる一点に押しつけた。

「んぅ」

 声が鼻を抜けていく。

「本当にここが好きみたいだね」
「あ、あ」
「いっぱいシてあげるから」

 雨宮様はそう言うと、僕の額にキスをした。なんだか気恥ずかしい。

「!」

 その時再び体を反転させられ、強く棒を動かされた。

「あああ!!」

 二本の棒を握った雨宮様が、それで球体を僕の前立腺にぐりぐりと押しつけ始めた。
 途端に走った強い快楽に目を見開く。

「あ、待って、あ!! あ!! うああッ!!」

 しかし嬲るような動きは止まらず、僕はそれだけであっさりと射精してしまった。
 的確な位置に当たりすぎて、果てるまで僕は何も抵抗できなかった。

「好い所にあたるでしょう?」
「っ」
「まだあってね」
「――うああああんんん!!」

 瞬間カチリとスイッチの音がした。同時に内部で球体が振動を始めた。

「あ、あああっ、いや、いやだ、いやですそれ、えっ!」

 骨を通してまで振動が伝わってくる気がした。
 規則的なその細かな震えにあわせて、強制的に快楽の波が全身に広がっていく。
 僕の意志なんかお構いなしに、快感がどんどん強くなっていく。
 こんなの怖かった。

「んア――っ、く、ァ……あああああ!! やぁ――!! また、出――――!!」

 それまで二時間も我慢していたというのに、僕はガクガクと全身をふるわせてあっけなく二度目の精を放っていた。

「いや、いやだ、っ、も、もう、ああああああああああああああ!!」

 しかし雨宮様は止めてくれず、そのまますぐに僕は三度目の絶頂を迎えさせられた。
 飛び散った白液が、畳を汚していく。
 そのまま僕は意識が飛ぶまで、棒付きの球体で中を弄ばれた。


 翌日になっても体が怠かった。全く雨宮様はいったい何と言うことをするのだ。僕は機械的な大人の玩具など、はじめてだったから、横で眠っている雨宮様を一人ムッとして見据えた。東屋では、振動する玩具は禁止なのだ。訓練の頃に張り型は使うが、それだって振動なんかしない。

 まれにいるらしいのだ。玩具の方が良くなってしまう男娼が。もし僕がそうなったら一体どうする気なのだ! それにちょっと青くなってしまうくらい、無理矢理気持ちよくさせられたから、快楽が怖いなんて思ってしまった。なんだそれは。

「――ん、早いね紫陽。先に起きてたのかい」

 その時雨宮様が目を覚ました。

「僕だってたまには先に起きます」
「じゃあもう少し俺と一緒に横にならない?」

 雨宮様はそう言うと僕の腕を引いた。体勢を崩すと布団の中で抱きとめられた。そのまま横になって、ギュッと抱きしめられる。

「昨日の紫陽はすごく可愛かったよ」
「え」
「怖がって、嫌だ嫌だって首を振るんだからね」

 クスクスと雨宮様が笑っている。実際怖かったんだから仕方がない。

「あ、雨宮様! ああいうのは持ってきてはいけないことになってます」
「そうなの? 知らなかったな」

 そんなはずがないと思う。雨宮様はニコニコしているが、これは絶対とぼけている。

「僕はああいうのは嫌です」
「怖いから?」
「そ、そうです!」
「――玩具じゃなくて、感じすぎるのが怖かったんでしょう?」

 図星だったので、言葉に窮してしまった。

「俺は感じてくれている君を見るのが好きだよ」
「……」
「もっと俺の腕の中だけで可愛い紫陽を見せてくれないかな」

 雨宮様はずるい。こんな事を言われたら照れてしまう。
 それから日が昇り、五月闇が晴れるまでダラダラしてから、僕は雨宮様を見送った。

 そして一人きりになった部屋で考えた。

 雨宮様はもしかすると、ただの意地悪ではないのかもしれない。サドなのかもしれない。世に言うSMのSだ。だけど僕はMじゃない。

 Mじゃないともう来てくれなくなってしまうのだろうか? 僕をMだと勘違いしているのだろうか? 僕はMについて勉強した方が良いのだろうか? ここはそういう性技をする見世じゃないから、僕は詳しく知らないのだ。本当は玩具のことを楼主様に報告しなければならないのだが、それは僕は黙っていることにした。

 悶々と悩んでいるうちに、夜が来て、また雨宮様も来てくれた。
 結局答えは出なかったので、僕は直接勇気を出して聞いてみることにした。

「雨宮様は、Sなんですか?」
「っ、どうしたのかな、急に」

 雨宮様が猪口を落としそうになった。
 動揺していると言うことは、やはりそうなのだろうか……? どうしよう……。
 Mの勉強ってどうやってすれば良いんだろう……?

「僕はMじゃないですが、来てくれますか……?」
「別に俺だってSじゃないよ。面白いことを言うね、紫陽は。相変わらず」

 至ってまじめに聞いているというのに、面白いとは失礼だ。
 僕なりに勇気を振り絞っているというのに……!

「俺は紫陽がMっぽいから会いに来た覚えなんて無い……はず」
「はず!?」
「うーん、虐め甲斐はあるよね」
「優しくして下さい! 僕は優しい雨宮様が好きです!」

 必死でそう言うと、ニコニコ笑いながら抱き寄せられた。

「全力で優しくするよ。君に好きでいて欲しいからね」

 だから僕も、ギュッと雨宮様を抱きしめ返した。
 良い香りのする着物の肩に額を押しつける。

 しかし後々になって思うのだ。振り返って思ったのだ。やっぱり雨宮様はSだなと。