卯の花腐し



 僕は見つけてしまった。隣の部屋に、てるてる坊主があるのを――……!

 見た瞬間に廊下で硬直してしまった。そこには満面の笑みの白い体躯。これでは空が晴れてしまうかもしれない。

「ああ、紫陽。本当に雨が鬱陶しいよね」
「……」
「これじゃあ卯の花も本当に腐ってしまうね」

 部屋の主である同僚はそう言うと歩き去っていった。僕はただ、てるてる坊主を見上げて固まったままである。晴れたら雨宮様が来てくれないではないか。別に待っているわけではないが……いや、待っているのか。うん、ああ、待っている、僕は雨宮様を待っているので、てるてる坊主に晴れさせてもらっては困るのだ。

 急いで自室へと引き返し、僕は窓の所に並んでいる五体のてるてる坊主(逆さま)を見据えた。足りないかもしれない。もっと作った方が良いだろうか。しかし先ほどのてるてる坊主に比べると数は多いが一つ一つが小さい。量より質だろうか? もっと大きなモノを作って、一つだけに絞るべきか? いや、大きなモノを沢山作ればいいのだろうか? うん、それがいいだろう。これまで白い色紙で作っていたのだけれど、これからは布で作ろう。顔も思いっきりしょんぼりさせた方が良いかもしれない。

 僕はそう決意して、黙々とてるてる坊主を作り始めた。


「一気に増えたね」

 その日やってきた雨宮様が、てるてる坊主を見て呟いた。

「俺の他にも雨が降ると来る客が出来たの?」
「え?」
「これまで、俺が来ると一つずつ増えていたから」

 それはそうだ。雨が降るたびに、その次の日一つ追加していたのだから。

「それとも雨が降ると縁起が良いと言うことになって、験でも担いでいるのかな」

 なるほど。
 雨宮様が来てくれるようになったのは、縁起が良いのかもしれない。
 それに最近僕は雨の日が好きだ。雨の日はついているのかもしれないし。

「紫陽、早く否定してくれないと酷くするよ」
「否定……?」
「俺が来るように祈って、てるてる坊主を作ってくれたって、ちゃんと教えてくれないと」
「どうして知ってるんですか?」
「……それは本音なの? 営業なの? 君が相手だと、睦言を交換する遊びに苦労するな」
「ほ、本音です!」

 必死で僕が言うと、苦笑した雨宮様に抱きすくめられた。
 吐息が耳元に触れてくすぐったい。
 柔らかい雨宮様の髪が頬に当たった。


「んぁ……あ、あ、んゥ……」

 雨宮様が、僕を立たせたままで、口に含んだ。僕は必死に体重を柱に預けて、着物を自分の手で持っている。ちょっとこれは恥ずかしい。自分で着物をまくって、雨宮様に口でしてもらっているのだ。

 恥ずかしいので声を殺そうにも、巧みすぎて声が漏れてしまうし、抵抗しようにも、手は着物を握っているのだ。

「ひぅ、あ……っ……ン」

 しかも、しかもだ。
 僕が達せず、我慢できたら、明日は晴れても晴れなくても来てくれるというのだ。
 酷い話である。我慢するしかない。
 なのに筋を舐めあげられて、薄い唇で強めに雁首を刺激されるたびに、背筋を快楽が走りあがっていき震えてしまう。

「あ、う、うん……っ……ッ、あ、」

 ピチャピチャと水音が響いてくる。舌先で鈴口を嬲られ、僕は泣きそうになった。

「や、やだ、いやだそれ、ッ……」

 すると、ただでさえ立っているのがやっとだと言うのに、片方の太股をいきなり持ち上げられた。

「あ、あ、あ!!」

 倒れると思ったら、もう片方の手で腰を支えられる。けれどそれがまた撫でるようで、ゾクゾクとした。角度を変えて口に含まれ、今度は根本を舐められる。

「う、う……はっ、ぁああっ」

 もう出てしまいそうだった。

「おしまい」
「っ」
「明日も来て欲しいんだよね?」

 雨宮様はそう言うと、僕の太股から手を離し、クスクスと笑った。
 イけないままで、僕は目を瞠った。体が熱い。

「今日は少し疲れているから、また明日ね」
「!」

 僕が柱のところで固まっている前で、さっさと雨宮様は布団の上へと行ってしまった。
 勿論そう言われてしまったら、続きを強制することは出来ない。
 だが僕はせがまずにはいられなかった。

「あ、雨宮様……あの……」
「一緒に休もう。君も少し眠った方が体に良いよ」
「はい……」

 けれど頷く以外の言葉が見つからなかった。結局僕は、その夜雨宮様に腕枕されて、抱きしめられるようにして、横になった。眠れるわけがなかった。逆に体温が優しすぎて、どんどんどんどん体が熱くなってしまった。

 そして翌日は、てるてる坊主効果もあったのか雨が降ったのだが、雨宮様は来てくれなかった……。そうして翌々日。


「来てくれるって……また明日ねって……言ったのに……!」

 宴会の席で僕が雨宮様の着物を引っ張ると、楽しそうに笑われた。雨宮様は片手で口元を覆っている。ムッとしながら僕は、さらに増えたてるてる坊主を一瞥する。

「ごめんね。ちょっと意地悪したい気分になって」

 雨宮様は十分意地悪だと思う。

「俺のことを待っていてくれた?」
「お待ちしておりました!」
「俺の言葉を信じてくれたんだ?」
「あたりまえです!」

 もう何回、嘘をつかれたり、嘯かれたりしたかは分からないが、それでも僕は信じて待っていたのである。本当に全く酷い話だ。未だに体から熱が消えなくて仕方がないというのに。最近じゃもう、毎日雨宮様に買ってもらわないと僕の体はおかしくなってしまいそうなのだというのに。本当に酷い。

 すぐにでも布団に移動したい気分だったというのに、この日に限って雨宮様は夜更けまでお酒を飲んでいた。やきもきして僕は、いっそ一升瓶を零してしまおうかと思ったが、もったいないので止めた。食べ物や飲み物は粗末にしては行けない。


「ん、ああっ、はッ、う、あ」

 しかしやっぱり零しておけば良かったと思った。なんと中に固いモノを入れたまま、雨宮様が眠ってしまったのだ……! 僕は結局一度も射精できていない。

「あ、あ、っ、うう」

 抜けばいいのかどうすればいいのかも分からない。
 ただ兎に角動けない。雨宮様は僕を抱きしめて、先ほどから目を伏せたっきり動かないのだ。体がもどかしくて、さらなる熱を求めて、自然と一人でに腰が動いてしまう。だが、動けないし角度も気持ちいい場所からずれているから、震えてもどうにもならない。涙が出てきてしまった。

「やだ、やだぁっ、あ、……雨宮様、お、起きて……っ、うう、あ――!!」

 全身を熱に絡め取られて、僕はボロボロ泣いた。
 だけど、雨宮様は疲れているのかもしれないし、あんまり無理に起こしても悪いし、本当どうしたらいいのか分からない。きつく目を閉じてみたが、それでも全身を襲っている快楽は止まるところを知らない。

「フ、っ、く……ん、ぁ……あ、あ、もう嫌ぁ……」

 限界だった。

「ぁ、あ……あ……――ッッッ」

 理性が飛んだ。
 頭の中が真っ白になり、動いても何もしていないのに、絶頂感に襲われて怖くなった。

「う、うあっ、あ……怖、っうあああ」
「――その声結構クるな。色っぽい」
「え? あ?」

 涙で滲んだ視線を向けると、雨宮様が意地悪く笑っていた。

「ンあ――!! あ、ああ!!」

 そして唐突に激しく抽挿された。

「アア!! いやぁ!! あ――――!!」
「本当に嫌? 言ってごらん?」
「やだ、あ、もっとして、気持ちいいッ、ンあ――――!!」

 そのまま体を揺さぶられ、僕は果てた。気持ちが良すぎて、そのまま意識も手放した。


 次に目を覚ましたのは、隣で布団から出る気配がしたからだった。

「帰っちゃうんですか?」
「朝だからね」
「……そうですね。よくお眠りでしたしね……!」

 確かにそうだったと思いつつ、僕は昨日のことを抗議しようと頑張って嫌味を言ってみた。嫌味も見習いの頃に散々習ったのだが、僕には上手く身に付かなかった。なかなか意識して言おうとすると難しいのだ。

「俺は一晩中起きていたよ。寝言で俺の名前を呼びながら眠っていたのは君じゃないかな」
「え、僕寝言なんて……って、あの、だから……!」
「寝たふりをしていただけだよ」
「え?」
「もしも俺が寝たら、紫陽はどうするのかと思ってね」

 ニコニコとそう言って笑うと、雨宮様は帰っていった。騙された……!

 やっぱり若干ムッとしたのだが、それでも今日も僕はまた、逆さまのてるてる坊主を作ってしまう。雨宮様にお会いしたいから。