梅雨寒


 今日はすごく寒い。僕は両手で体を抱いた。梅雨の間には、こんな風に寒くなる日が毎年一日くらいはある。格子から外を見ていると、寒さも一入だが、それでも今日は雨だから雨宮様が来てくれると思えば気にならなかった。こんな風に寒くては、雨宮様も冷えているかもしれない。出来ることならば、暖めてあげたい。だが火鉢を用意するほどでもないし、どうすればいいだろうか。

 その日、雨宮様が来たのは、いつもよりも遅かった。
 お食事をなさるとのことだったので、僕は徳利を手にして隣に座った。雨宮様はいつもと同じようにニコニコと笑っている。少しだけ肩のところが雨に濡れているように見えた。なんとなく、コレは誰かに傘を貸して――誰かと相合い傘をして、はみ出して濡れてしまった跡のように思えた。昔この濡れ方が不思議で、同じ濡れ方をしていた庄野様に聞いてみたら、そう言っていた。

 第三吉原には、この見世とは違って、日中に客が遊びに連れ出せる所もあるから、その時の庄野様はそこの帰りだったか。

「今日はどこに行ってきたんですか?」

 純粋に疑問に思ったのと、雨が降っていても他にもどこかに出かけるんだなと思ってちょっとだけ、本当にちょっとだけムッとして、思わず聞いてしまった。

「仕事だよ。酒の席でまで仕事の話をさせるなんて無粋だね」
「……本当に?」
「紫陽?」

 僕が食い下がると、雨宮様が首を傾げた。我ながら、僕が食い下がるなんて珍しい。
 気恥ずかしくなってしまって顔を背けた。
 本当は、会ったら暖めてあげたいと思っていたはずなのに、僕は何をしているんだろう。

「――誰かに何かを聞いたのかな?」
「え?」
「……そう言う訳じゃないんだね。じゃあどうして、そう思ったの?」

 雨宮様がそう言うと、猪口を片手でクイと煽って飲み干した。
 慌てて僕は次を勧める。すると徳利を奪われた。

「少しは君も飲んだら?」
「あ、ありがとうとございます……頂戴します」

 僕はそんなにお酒に強い方ではないので、おずおずとお猪口を手に取った。正直日本酒よりも、もっと弱いお酒の方が良い。水割りに出来るモノだったらまだまし……というわけでもないのが、難点だ。

 しそ焼酎だけは飲めるのだけど、他は薄く割っても次の日頭が痛くなってしまうのだ。だけどまだその話を雨宮様にしたことはないし、話す日が来るのかも分からない。

「それで?」
「はい?」
「ごまかさないで。どうして、俺がどこかに行ってきたと思うの?」

 ごまかした訳じゃなかったのだが、一寸前の会話だというのに僕はお酒に意識がとられて忘れてしまっていたのだ。グイと今度こそは本当に、”自分自身”をごまかすために、僕は猪口からお酒を飲み干した。勢いをつけないとなんだか、恥ずかしくなってしまったのだ。お酒を飲むと、僕はちょっとだけ気が大きくなる。

「愛しいお方を傘に入れてきたのでしょう?」
「……愛しいお方、ね」
「左肩だけが濡れています。僕が、代わりに暖めます!」

 この際、そこにある雪洞の暖かさで乾かしてしまえないだろうか。
 そう思っていると、喉で笑われた。

「仕事で客先から接待を受けていたんだよ。西村屋の子達がいた。それだけだよ。言い訳じみているけれどね。言い訳は必要としてもらえる?」

 雨宮様はそう言うと、僕をその場で押し倒した。ここは宴会をする
 場所だから、何もしては行けないことになっている。驚いて目を見開くと、雨宮様が右の口角を持ち上げた。

「嫉妬してくれたととっても良いのかな?」
「え、あ、ち、違、別に――……そ、そうです! 嫉妬しました!」
「それはどっちなのかな? まぁ、存分に温めてもらうつもりだけどね」

 雨宮様はそう言うと、僕の首筋に唇を落とした。

「ンっ」

 思わず体を硬くしながら、僕は悩んだ。
 反射的に恥ずかしくなってしまって否定しようとしたが、僕は嫉妬していたのだろうか。確かに僕は雨宮様のことが好きなのだが、嫉妬? 確かにムッとしていたのだから嫉妬していたのだと思う。今更ながらにそのことに気がついて照れた。上手く営業トークに出来て良かった!

「食事はもう良いよ。部屋に案内してもらえるかな、”紫陽花”」

 こうして夜が始まった。


「っ、ぅン……は、ァ……あ、っ、雨宮様……ン」

 帯をほどかれ、僕は組み敷かれた布団の上で、雨宮様の首に両手を回した。
 僕の腰を撫でた雨宮様の骨張った指が、そのまま太股へと下がっていき、足を折って持ち上げる。もう一方の手は、香油の瓶に指を浸してから、静かに後穴の入り口をつついた。

「ああっ」
「俺が欲しかった?」
「ン、あ」
「俺は君が欲しかったよ」
「ああン、あ、あ……っフ、ッ」

 ゆっくりと進んできた二本の指が緩慢に震え、僕の内部をほぐしていく。それがどうしようもなく気持ちよく思えて、僕はさらに、首に回す手に力を込めた。僕は雨宮様の体温が好きみたいだった。

「んく、ぅ――っ、ぁ」

 それからすぐに、感じる場所を二本の指で規則的に刺激された。息を飲むが、声が漏れてしまう。雨宮様は僕の体のどこが感じるのか、もう頭にばっちり入っちゃっているようだ。本当にこれまでの人生をどんな風に生きてきたのか聞いてみたい。

 ――仕事の話が無粋なのは分かっている。だけど、何のお仕事をしているのかくらい、僕は本当は聞いてみたいのだ。僕は雨宮様の仕事内容を知らない。どこかの旦那様なのだろうと言うことしか知らないのだ。

「あ、あ、っ……ンあ!! あ!!」
「まさか指だけで満足だなんて言わないよね?」
「あ、ン、ぅあ、あ……っは、ぁ……雨宮様ァ」
「んー?」
「雨宮様、早、くっ……ふァ、あ」
「早く何?」
「い、いれ……――うあ――――!!」

 僕が言い終わる前に雨宮様の楔が中へと入ってきた。深々と貫かれ、背がしなった。腰が引けそうになると、両手でしっかりと捕まれる。

「あ、あ、あ」

 大きく吐息すると、涎が零れそうになった。涙は零れてしまった。
 挿入の甘い衝撃だけで僕は果てそうになっていたからだ。

「もっと、ねぇ、あっ」

 ぎゅっと雨宮様に抱きついてお願いすると、肌と肌が奏でる音が響き始めて、僕はクラクラしてきた。体と体が解け合うような感覚で、心が繋がっているみたいな、そんな錯覚に襲われた。これでも、いくらお客様がほとんどいないとは言っても、体を売る仕事をしているのに馬鹿げているとは思うのだが、確かにそんな風に思ったのだ。

「ンあああ――――!!」

 そのまま一際大きく突き上げられた時僕は果てた。

 雨宮様が果てるまで、その後も何度も僕は中を暴かれた。その内にやっぱりいつの間にか意識を飛ばしてしまっていたみたいだった。

 目を覚ますと、隣でうつぶせになり頬杖をついて、雨宮様が僕を見ていた。

「もっと、なんて言われたのは初めてだね」
「……?」

 そうだっただろうか。首を傾げていると、優しく髪を撫でられた。

「お酒が入ると素直になるのかな?」
「それは、その……」
「前よりはちょっとは営業上手になったんじゃない?」
「なッ」

 なんだそれはと思った。これは……喜ぶべきなのか、そうじゃないのか。お酒をごちそうしてくれるという意味だとすれば、売り上げ的には有難いが、僕はそんなに得意ではないのだし。

 ただそれよりも、気になることがあった。

「……暖かくなりましたか?」
「――うん。紫陽が温めてくれたからね」

 僕はどちらかというと体温が低いのだが、役に立ったのだろうか。
 兎に角雨宮様が暖かくなったというのであれば良かった。僕はその言葉に満足したから、雨宮様の胸元の着物をつかんで目を伏せた。少し眠ろう。

 ――そして、次に目が覚めた朝が暮れた頃も、また雨が降りますようにと祈ったのだった。雨が降ったら、きっとまた雨宮様は来てくれるはずだから。