4:吉原炎上


 今日は雨が降りそうだ。だけど降ってくるかは分からない。曇天なのだ。
 今日は雨宮様は来るのだろうか。来ると良いな。
 そんなことを考えていたら楼主様に呼ばれた。雨宮様の姿は見えなかったからなんだろうかと思っていたら、なんと庄野様が僕を指名しているとのことだった。

 あんまりにも久方ぶりだし、狼狽えてしまった。


「ンあ、ぅ、ん、庄野様、ァ……」

 庄野様は、すごく穏やかと言うか、こちらがそれほど動揺させられることがないからほっとする。最近雨宮様に本気で啼かせられているせいなのか、余裕を持って(?)喘ぐことが出来た。昔の僕には考えられない。そして一つ気づいた。なんでなのか、以前ほど抱かれているときに、悲しくなったり辛くなったりしないのだ。

 意識を飛ばすこともなく行為を終えて、僕は庄野様を見送った。

 それから後始末がてらお風呂に入り、ぼんやりと考えた。おかしいな、僕は庄野様のことが好きだと思ってたんだけどな。まぁどうせ他に客も来ないだろうと思い、じっくりと湯船の中で考えることにした。だが。

「次のお客様がお待ちだよ、まだかい!?」

 声をかけられて唖然とした。

「え」

 嘘だよねという思いが強かった。
 とりあえず急いでお風呂をあがって、身支度を調えた。
 そして部屋へと向かって少しすると――雨宮様がやってきた。

「へぇ。売れているみたいで安心したよ。俺以外に客なんていないのかと思っていたからね」

 雨宮様は相変わらずニコニコと笑っていた。ただ何となく、違和感があった。なんだろう。

「あ、愛しているのは、雨宮様だけです」

 それはそうと僕は定型句を告げた。

「――ふぅん」

 ?
 何故なのか笑顔なのにすごく声が冷たい。何か嫌なことでもあったのだろうか?
 首を傾げていると、すぐに着物を剥かれて押し倒された。そして雨宮様に陰茎を口へと含まれた。


「ひ、ッあ、アア!! も、もうイけなッ――うあああああ!!」

 雨宮様は僕の中を指でかき混ぜながら、ずっと口淫を続けている。
 前立腺を刺激されるのと同時に強く吸われること、もう数回。僕はすでに雨宮様の口の中で二度達している。このままでは壊れてしまう。おかしくなってしまう。

「うあ、あ、あッ、やぁ――うあああああん、あ、ん、あああん、いや、いやああ!!」

 三度目に果て、ぐったりしたが、指の動きは止まらない。

「あ、ああ、あ、あ、あ、あ」
「まだ大丈夫でしょう? それとも前のお客様とヤりすぎた?」
「あ、ンあ、もう無理、できなっ……あああン――!!」

 雨宮様はいきなり何を言い出したのだろうかと思った。とりあえず唇が離れてくれたことに安堵する。イかされすぎて体が軋むように痛んだからだ。

「ふぅん。無理なんだ。じゃあ、出さなくて良いようにしてあげるよ」

雨宮様はそう口にすると、何を思ったのか細い方の帯で、僕の陰茎の根本を縛った。

「!」
「コレで安心だね」
「うあン――ひ、ヒャっ、うあ、うああッ」

 だが途端に指の動きが強くなり、ぐりぐりと前立腺を突き上げられた。どうしようもない射精感に襲われて、目の奥がチカチカした。

「あ、あ、僕、僕、や、やァ――!!」

 そして射精することなく僕は絶頂感に襲われた。涙がぼろぼろと浮かんできて、頬がぬれる。しかもそれは一度では止めてもらえなかった。

「待って待って待って、アアアア、あ、うん、あ、あア――うああっン――!!」

 ひたすら内部の感じる一点を刺激され続け、僕は何度も何度も頭を振った。

「あ、あ、ン――駄目、駄目、また、また、あああッ!!」
「まだまだ出来そうじゃないか」

 雨宮様の声は笑っているのにやはり冷たく聞こえた。だがもう僕は訳が分からなくなっていた。その時だった。


「聞いたよ、好きな客がいたんだってね」


 何か言おうと僕は思った。だけど、それは出来なかった。

「うッ、あ」
「俺のことが好きだって嘘なんでしょう?」
「ひゃ、あ、あ」
「好きじゃない相手に抱かれるのってどういう気分なの?」

 何を言われているのか、意味は分かっても理解できないのだ。聞いているその間も僕はずっとずっと空イキさせられ続けていたからだ。

「うあああんん、やぁっ、あ、雨宮様ぁああ!!」
「そうやって、他のお客様のことも呼ぶんだ?」
「ああっ、うああああ!! ヒイッ」
「流石は高級男娼だね」

 馬鹿にされているのだろうか。だがもう何でも良かった。気持ちよすぎて、だけど辛くて、全部全部訳が分からなくなっていたからだ。

 ただ、何となく僕は思った。確かに僕は、庄野様を好きは好きなんだけど……もう好きじゃないみたいなのだ。多分僕は、雨宮様のことが気になっている。だけど、それが上手く言葉にならない。だって喘ぎ声しか出てこないのだから。

 ――そのまま僕は意識を失った。


 それから程なくして、梅雨が来た。
 だからなのか、毎日雨宮様が来てくれるようになった。


「ン、ぅ、あ、あ」
「どう?」
「気持ち良、っああ!!」

 最近僕は、行為の最中に、どんな感じなのか雨宮様に聞かれるようになった。ちょっと恥ずかしい。見習いの頃から、『兎に角気持ちいいと言え』と口を酸っぱくされてきたのだが、学習したことを披露する暇など無かった。本当に気持ちが良いのだ。雨宮様は、ちょっとコレまでの人生で何をしてきたのか不思議になってしまうくらいお上手だ。きっと様々なお店に相手がいるのだろうなと思う。

 だが最近は雨続きだからここへと来てくれるのだろう。僕は最近、雨宮様が来たら何を話そうか必死に考えている。考えるのが楽しみだ。

 逆さにつるすてるてる坊主を作るのも日課になった。どうして雨の日は来てくれるのか、今度聞いてみようかな。一生梅雨だったらいいのにな。

 翌日も雨宮様は、来てくれた。

「ひぅ、あ、ンあ――あ、あ、いや、おかしッ、待って、あ」
「ここを突かれるとおかしくなっちゃうんだよね?」
「う、うん、ああああ!!」

 そして段々、終わった後に、意識をとばすばかりではなくて、僕は目を覚ますことが出来るようになってきた。今も一緒に布団をかぶって、雪洞の灯りの中寝転がっている。

「雨宮様、僕は雨宮様のことが好きです」

 今ではコレは営業トークではない。本心から、僕はもう雨宮様のことが好きになっていた。何がきっかけだったのかなんて全然分からない。ただ何となく一緒にいられて、顔を見られるだけで、ほっとするから好きなのだと思うのだ。

「どこでそういう言葉は習ったの?」
「? 見習いの時に」
「……ああそう」

 何故なのか雨宮様が珍しく眉間にしわを寄せた。
 ?
 まぁ、口元は笑っているから良いだろう。僕は一緒にいられて幸せだ。

 しかし梅雨と言っても晴れる。

 今日は残念ながら晴れてしまった。梅雨明けも近いのかもしれない。
 そんなある日また庄野様に指名された。

「久しぶりだな紫陽」
「お待ちいたしておりました」

 本当は全然待っていなかった。何せ、来るはずがないと分かっていたからだ。僕は思う。庄野様は浮気者だ。なんて、娼館で言うのは無粋だけれども。

 最初は宴会のお座敷で食事をし、それから部屋へ向かうべく廊下を歩いていた。庄野様はいつもこうだ。そうしたら秋桜太夫に遭遇した。

 秋桜太夫は栗色の髪をしていて、こちらを見ると儚い笑みを浮かべた。思わず僕まで見ほれてしまいそうになった。庄野様はと言えば、「おう!」なんて言って豪快に笑っている。

 それから僕の部屋へと着いた時だった。
 行為が始まる直前――……いきなり部屋のふすまが、音を立てて開いた。


「大変だ!! 火事です!! お逃げくだせぇ!!」


 その言葉に慌てて僕は着物の首もとを押さえて、整えた。
 そして庄野様の背中を押した。

「お早くお逃げください!!」
「あ、ああ!!」

 呼びに来た若衆の後について、庄野様が走り出した。とりあえずお客様を逃がすことが出来たので安堵しつつも、一体何がどうなっているのかと思い、僕も下まで降りた。逃げなければと言うのもあった。

 そこで楼主様と鉢合わせた。

「なにがあったんですか!?」
「わからないんだよ! ただ三階から火が出てるって、外から見た人が走り込んできたんだ」
「三階って、秋桜太夫のお部屋が――太夫は!?」
「姿が見えないんだよ。未だ部屋にいるのかもしれない」
「さっき廊下ですれ違いました。階段はひとつっきりだし、絶対に中にいるじゃありませんか!!」
「な、なんてことだい!」
「助けに行ってきます!!」
「ちょっと、紫陽、お待ち――」

 待てるわけがない。これ以上待っていたら、秋桜太夫は煙に巻かれて死んでしまうかもしれないではないか!

 階段を駆け上がり、僕はまっすぐ秋桜太夫の部屋へと向かった。
 するとそこには、布団の上に座り込んでいる秋桜太夫の姿があった。
 良かった無事だ……!
 だがその真後ろが一番火の勢いが強い。豪華な着物が燃えていた。

「秋桜太夫! 早く!!」
「紫陽……どうしてここに? 早く逃げて……」
「そうですよ! 一緒に早く逃げよう!」

 僕の言葉に、急に秋桜太夫が涙をこぼし始めた。確かに僕も火事は怖いが、泣いている場合ではない。

「早く!」
「違う、違うんだよ。ごめん、ごめんね」
「早く!」
「ごめん、本当にごめん、うあ、ごめんごめん」
「……秋桜太夫?」
「庄野様を盗ったのは僕なのに、ごめん、ごめんね」
「――え?」

 何の話か分からず、僕はそんな場合ではないのに目を見開いた。庄野様を盗った……? どういう事だろう? 確かに指名変えはされてしまったけれど、別にそれは秋桜太夫が盗ったなんて事ではないと思う。

 僕の成長期などの欠点と、秋桜太夫のすばらしさに庄野様が気づいてしまったという、二点が重なっただけのことだろう。案外僕の背が伸びたって言うのも、僕が言い訳にしているだけなのかもしれないしな。

「僕は、紫陽の事が憎くて仕方がないんだ」
「っ」
「庄野様は、庄野様は、僕だけのモノなんだって、もう、どうしようもなく好きになっちゃって、だから、うああ」
「秋桜太夫……」
「一緒にいるのを見るだけで嫉妬しちゃうんだ。もう駄目だよ、我慢できなかった――……火をつけたのは、僕なんだ」
「な」
「だから、だから僕なんかおいてさっさと逃げて。君のことを勝手だけど殺したくない」

 呆気にとられるしかなかった。放火は重罪だ……だが、だがそれでもだ。

「そんなことはどうでも良いから逃げよう!」
「っ」
「秋桜太夫に何かあったら、庄野様も悲しむし! 悲しませて良いの!?」

 絶対に良くないと思う。僕は無理矢理秋桜太夫の手を取って、走り始めた。

 火に囲まれた階段を必死で走り抜け、何とか一階までたどり着いた。
 後は玄関から外に出るだけだ。

 だが。
 ――やっぱり世の中そう上手くはいかないんだな。

 焼けた柱が倒れてきたので、僕は秋桜太夫を突き飛ばした。勿論入り口の方へだ。

「先に外に出て!」
「だけど!」
「すぐに行くから!」

 声を張り上げた瞬間、僕と秋桜太夫の間には火の壁が出来た。
 ただ足音が遠ざかっていったから、多分助かったんだろうなと思う。
 ほっとしつつも、肩にのし掛かっている焼けた柱に、全身が痛みを訴えた。

「っ、あ、痛ッ」

 なんとか抜け出そうとするのだが、熱と痛みと重みで、僕は思わず座り込んでしまった。
 火の粉が飛んできて、着物にどんどん焦げた穴があいていく。

 ――ああ、もうここまでかもしれない。

 僕は覚悟をした。丸焼けになるのも時間の問題だ。
 その時だった。

「え?」

 誰かが中に走り込んできて、目をこらせばそれは、雨宮様だった。
 呆然としていると、雨宮様は何も言わずに、火を踏んで、それから僕の肩に乗っている柱を素手でつかんだ。掌が火傷していくのが分かる。目を見開いた。なんで。なんでここにいるのだろう?

「大丈夫?」
「え、あ、はい」

 驚いていると、僕は雨宮様に抱き上げられた。

「何をやってるのかな、本当に馬鹿だね。助けに入って自分が、自分が、嗚呼、もう、馬鹿だな君は!」
「どうしてここに?」
「君に会いに来たら火事なんだからびっくりしたよ。俺の心臓を止める気か」
「今日は雨が降ってないのに」
「だから火の周りも早いんだ」
「そうじゃなくて、雨が降ってないのに会いに来てくれたの?」
「は?」
「雨が降らないと来てくれないんでしょう?」
「今じゃ毎日来て……っ、馬鹿だな。雨だから来てるんじゃない、梅雨にただ重なっただけだ」
「え?」
「兎に角外に出るから、これ以上煙を吸わないように」

 そのまま僕は雨宮様に抱き上げられて、外へと出た。そして、外の空気を吸った瞬間安堵したからなのか、意識を失った。



 次に目を覚ますと、僕は第三吉原の病院にいた。和室の部屋で、横になっていた布団から起きあがると、左手の甲に、点滴針が突き刺さっているのが見て取れた。

「目が覚めたのかい、無事で良かったよ」

 楼主様がそこにはいて、泣いて喜んでくれた。


 東屋は全焼してしまったそうだ。他にも燃え移ったらしい。
 吉原炎上と呼ばれているそうだ。

 お見世が無いから雨宮様には会えないし、雨宮様がどうなったのかも分からない。楼主様に聞いたのだが、知らないと言われてしまった。

 かわりに、すぐに新しいお店が建つと聞いた。
 ――火災の原因は、不明だという話になっている。今でも特定できないそうだ。

 僕は秋桜太夫の事は言わなかった。もしかしたら、火に巻かれて錯乱していただけかもしれないから。そうであることを祈ろう。そうというのも、一度秋桜太夫が見舞いに来てくれたのだ。もう、身請け後のことだった。僕は素直に、「良かったね」と言うことが出来た。

 本当は犯罪は良くないことだと分かっていたが、僕は自分勝手だけど秋桜太夫の幸せを壊したくなかったのだ。庄野様だって多少浮気性ではあると思うけど、きっと秋桜太夫を幸せにしてくれると思うのだ。悪い人じゃない。何せ一度は僕が好きになった相手だ。なんて。そんなこんなで僕が退院する頃、新しい見世は出来た。


今日は快晴だ。


 だが格子に入っている僕の前に、立つ人物がいた。もう見慣れた靴を履いていた。見なくても分かった。だけど一目見たくて僕は顔を上げた。そこにはやっぱり雨宮様が立っていた。でも――もう僕は、お客様をとることは出来ないのだ。

 肩から鎖骨までにかけて、酷い火傷の痕が残ってしまったのだ。『美人過ぎて気位が高そうで断られそうだから客が寄りつかない、って不人気だと思ったら、今度は怪我とはね』と、楼主様に言われたが、よく分からなかった。とりあえずお客様がとれないことは分かった。

 だから基本的にこれから僕は、毎夜毎夜変態の相手をして過ごすことになる。この見世に置いてもらえるだけでも感謝しなければならないのだ。変態達も、火傷をしていても良いと言ってくれたらしくて、僕が生きていたのを喜んでくれたと言うから、僕はもうそれで良いのだと思うことにした。変態なんて呼んでいて悪いとさえ思う。大事な後援人の方々だ。太夫が抜けた分もあって経営はさらに苦しくなるだろうから、後援人の方々は絶賛大募集中だという。

 雨宮様はと言えば、ニコニコと微笑んでいた。
 僕も、初めて格子の中から笑顔を返した。
 一目会えて良かった。もう会うことは、無いだろう。


「紫陽、ちょっと」

 しかし驚いたことに、直後僕は楼主様に呼ばれた。
 そして部屋に行くように言われてびっくりしながら待っていると、雨宮様がやってきた。

「なんで……」
「来てはいけなかったかな?」

 雨宮様はそういうが早いか、僕をぎゅっと抱きしめた。

「心配した」

 耳元で静かに囁かれた。その声は笑っていなかったのにどうしようもなく優しく思えて、僕は涙腺がゆるんだからきつく目を伏せて雨宮様の肩に顔を押しつけた。

「掌の火傷は大丈夫ですか?」
「全然平気だよ」

 必死で言った僕に、やっと雨宮様が笑ってくれた。そして掌を見せてくれた。少し痕が残っていたけれど、問題はなさそうだった。本当に良かった。なんだかそのことだけで嬉しくなって、僕は何故なのか泣いてしまった。だけど頑張って笑おうと試みた。すると雨宮様が、僕の両手をとった。

「君のことを身請けしても良いかな?」

 思わず耳を疑った。

「え? だけど僕火傷……」

 すると言い終わる前に、押し倒された。着物をはだけられて、肩の傷の痕に口づけられる。

「それがどうかしたの? 兎に角、無事で良かった。もう心配で目を離しておきたくないんだよね」

 そういうと雨宮様が、今度は僕の唇に触れるだけのキスをした。胸が尋常じゃないくらい高鳴った。

「僕のこと好き?」

 意を決して、僕は聞いてみた。だって僕は、雨宮様のことが好きなのだ。
 ならば、雨宮様は?

「――そうだね。思えば言ったことがなかったね。うん、好きだよ。残念ながら俺は誰かに愛の言葉を習ったことはないから気の利いたことは言えないけど、愛してる。大切にするから俺のものになってはもらえないかな」

 僕はその言葉に頷いた。


 こうして僕は身請けされ、製薬会社の大旦那だった雨宮様の所へと迎えられることになったのだった。これにて僕の、吉原生活は幕を閉じたのだった。