1:格子太夫


 ――背など伸びなければ良かった。


 衣擦れの音がする布団の上。

「ンあっ、ぅ……ァ……庄野様ぁ」
「良い子だ、紫陽。出すぞ」
「んン――……!!」

 中に飛び散る熱い飛沫。昔は、それこそ昨年までは、三日に一回くらいは、僕はこの感触を教えられていた。僕が初めてとった馴染みのお客様。それが庄野様だ。肩で息をしながら、体を引き抜いた庄野様を見上げる。最近では、月に一度も来てくれれば良い方だ。だから顔を見る事が出来るとどうしようもなく嬉しいのに、同時に切なくなる。抱かれるのは嬉しいのに、辛くて辛くて悲しくなってしまう。温かいその腕にすがりついて泣きたくなってしまうのだ。

「また来るからね」
「お待ちしてます……」

 僕は庄野様の言葉は嘘だと知っていたけれど、そう返した。



 少なくとも今となっては、僕らの関係は僕が一方的に庄野様を好きなだけなのだ。一時はそれこそ毎日のように顔を出してくれたし、身請けの話もしてくれた。だけど。

 二次性徴がきて僕の背は伸びた。以来だ、僕の元から庄野様の足が遠のいたのは。

「お風呂に入らないと……」

 ポツリと呟いてみたのだけれど、体が疲れ切っていたから、少しだけ先に眠ることにした。どうせ僕には、他にお客様のあてなんて無いのだから。



 僕が男ながらに女衒に買われてここに来たのは、七つの時だ。

 僕はこの第三吉原の男娼だ。第三吉原は、少子化が進んで特に女児の出生率が下がってしまったから、公的な男性の性のはけ口として都下に構築された歓楽街だ。

 このお店は、数多くある陰間茶屋とは異なり、花魁がいるような高級娼婦店を謳っているから、普段は格子の中からお客を待って外を見ている。老舗の高級店――通称、東屋あずまやだ。本当はもっと長ったらしく艶っぽい名前が付いているが、男娼を扱っていながらも東の界隈で一番大きな見世だから、東屋と呼ばれている。他の見世とは違い、格子の中に入れないような男娼は一人もいない。たとえ僕であっても、格子の中には一応入れる。下の下だが。そして僕は、初めてのお客様の庄野様に買われた。


 瞬きをして目を覚ました。少しは眠ったのだろうか。瞬きをした感覚しか残っていないからよく分からなかったが、着物を直して、廊下へと出た。すると遠くから、庄野様と、この見世一番の人気太夫、秋桜太夫の声がした。穏やかに談笑する温かい声だった。

 ――本来であれば、客が男娼を変えることは禁止されている。

 だが、庄野様は、今では秋桜太夫の所に日参しているし、見世はそれを咎めない。僕に成長期が訪れてしまったからだ。秋桜太夫は僕の一つ年上だが、成長後も小柄で華奢だ。それだけじゃない。この見世にたった一人しかいない”太夫”で、性格も良ければ教養も豊かで、楽器の演奏も出来れば和歌まで詠める。第三吉原一の男娼だとまで言われているほどだ。

 僕はと言えば、庄野様しかこれまでに特定のお客様がいたことはない。下の下。勉強も出来ないし、三味線なんか弾いても弦を切ってしまうだけだし、琴だって弦を切ってしまうし……力は強いと言うことなのだろうか……兎に角俳句の一つも詠めはしない。太夫と比べるのが間違いなのだと思うが。ただそれ以外と比較された場合であっても、このお店で元々一番下の位置にいて、庄野様が通ってくれるから何とか体裁を保っていられたのだが、それもなくなった現在、しかも背丈が伸びてしまった現在では、毎日が憂鬱だった。

 今僕は十八歳だから、後二年すれば年季が明ける。だが、東屋のような高級男娼店の場合は、年季が明けても、女性客相手に鞍替えすることは、なかなか出来ない。何せその女性が少ないからこの第三吉原は建設されたわけだし。タチに鞍替えすることも難しい。僕のように体格が良くなっても難しいのだ。

 体格が良いと言っても、僕の場合は身長が175cmになって、どちらかといえば肉付きは悪い。タチとしての男娼はもっともっと体格が良くなければ無理だ。そうなると、今度は見世の”若衆”として使用人になる事が出来れば良いのだが、滅多にそんな口はない。

 そもそも年季が明けたと言っても要するに通常通り店には出られなくなると言う意味だけが現在では残っていて、借金を返し終わるまでは僕に自由はない。だから身請けをされない限り、僕には一生嫌な仕事が待っていることが決まっている。


 僕は格子の中に、次の日の夜もまた入った。かごの中から道行く人を眺める。和服の袖を握って、溜息を押し殺した。――どうして誰も僕のことを買ってくれないのか。それはそうか。皆、抱くなら華奢で可愛い方が良いのだろう。そうじゃないのなんて……

 憂鬱な気分で僕は、やはりその日も、道行く人に買われることはなく楼主様に言われて、店の奥にあるお座敷へと向かった。

 そこには様々な問屋の、ご隠居様達がいて宴会を開いている。彼らは、見世のお客様ではない。見世の後援人の方々で、このご時世では貴重な女性の配偶者を得て、子孫もいる。だから変態的な趣味で鬱憤晴らしにこうして夜になると宴を開くのだ。売れない僕は、彼らの見世物になるのだ。それが、嫌な仕事だ。

「っ、ぁ……んんん」

 着物を乱され、帯をほどかれ、僕は中央で後ろから抱きかかえられ、M字に開脚させられた。ぬめる舌で首筋を舐めあげられて、気分はあまり良くないのだが、少しだけ体が熱くなった。

「ふ、ゥあ……ッ、ン……――!! あ」

 誰も何も言わずにただニヤニヤ笑っている。客ではないから話すことは禁じられているのだ。そして僕も、決して射精することは許されない。お客様と体を重ねる以外では、達することがこの見世では許されないのだ。厠の前にも常に人がついてくるし、入浴に至っては、必ず若衆が見張りをしている。夢精だけが黙認されている。その状況で僕は、焦らすように老人達に、体中を念入りに舐められているのだ。足の指をしゃぶられ、二の腕を舐められ、太股を上下するように動く舌。苦痛少なくお客様を受け入れるために訓練を受けている僕の体には、その刺激が辛い。

「あ、ッ、ン……フ……っ」

 本当は僕も声を出しては行けないから、必死で息をのむ。だけどそうすればするほど意地悪く舌はうごめいていく。鎖骨を何度も舐められてから、今度は耳の中へと舌を押し込まれた。僕は右耳が弱い。

 ゾクリと走った感触に、ついに陰茎が頭をもたげそうになった。けれどそうなればより辛いのは僕なのだ。眠ってしまおうにも体が熱くて眠れなくなって、そうすれば、夢の中で達する前に朝が来てしまう。

「うああっ、ひッ、っっっ……!」

 ピチャピチャと水音が響いてくる。体の奥がジンと熱くなって、腰の感覚がなくなっていく。太股が震え始めてしまった。あああ、出したい。だけど、庄野様が来てくれないとそれは出来ない。でもここで庄野様のことなんか思い出したら、もう体は止まらなくなってしまう。一気に火がついたように体がほてって、息苦しくなった。

「あああっ」

 そのまま夜が白むまでの間、僕は舐め回された。気がおかしくなってしまいそうだった。