まさか家から墓地に直行だとは思っていなかった。





 僕はこれまで、一度も家から出たことが無い。
 無かった。今後も無いだろう。
 ただ、まさか家から墓地に直行だとは思っていなかった。

 一度くらいは外に出てから死ぬだろうと思っていたのだが、現状だと、次に気づいたときは棺の中だと予測される。

「……」

 僕は、もう後ろに下がれないと気づいた。壁に背が当たったからだ。
 真正面には、端正な顔をした青年がいる。長身だ。
 ただ不思議なことに、非常に端正だと思うのに、どんな造形なのかと聞かれるとうまく言葉が出てこない。確かに目の前にいるのに、瞬きをして脳裏で想起しようとすると、顔がぼやける。だから、『綺麗だ』という感想しか出ては来ない。

 ――昔から、そうだった。

 僕は、ダークライ公爵家の長子だ。グレイ=ダークライという。
 ただし、幼い頃から非常に体が弱く、一度も家から出ていない。
 家族も心配して、僕を出さない。

 だから、年に一度開かれる、公爵家での夜会において、数少ない友人と話すのが、唯一の娯楽だった。今、僕の目の前にいる彼もまた、つい先ほどまで、その数少ない友人の一人だった。今は違うのかと言われると、それはそれで分からないが。

「見ちゃったのか?」
「……言わない」
「否定しないんだな?」
「っ」

 僕は息を呑んだ。確かに僕は見てしまった。彼――オズワルドが、さきほど少年の首を噛んでいるところを。最初は情事だと思い、引き返そうとした。だが、少年の肌に赤い血が垂れたのを見て、思わず動揺し、よろめいた結果、彼に僕は気づかれた。

 ――吸血鬼。

 逃げ帰り自室で、その一言を頭に思い浮かべていたら、「わざわざ一人きりになってくれるとは」という声がして、振り返ったらそこにオズワルドがいた。そして今に至る。

 オズワルドが、二本の指を立てて、僕の唇に当てた。静かにそれを動かして、僕の唇をなぞる。怖くなって、僕は震えた。

「お前に邪魔されたから、今日はまだ、足りてないんだよな」
「……っ……」
「言わないだけじゃ、俺の方にはそこまで利点がない」
「……」
「どうする? 別に一度や二度の吸血では、御伽噺みたいに感染したりはしない」
「……」
「逃がして欲しいんだろう? 死にたくないんだろう?」
「……」
「俺が今、何を欲しがっているのかはわかるだろう? どうしたらいいんだろうなぁ?」

 クッと喉で笑い、オズワルドが僕に詰め寄った。
 恐怖で凍りついていた僕は、慌てて何度も頷いた。
 彼が欲しているのは、血液だ。

「……血なら好きにしていいよ」
「交渉成立だな」

 オズワルドが片手を僕の肩に置いた。
 力が込められ、指が食い込んでくる。

 僕は手を首元に当てる。自分から血を提供するべきだろうから服に手をかけたのだが、あからさまに指が震えてしまった。

 鎖骨と肩が空気に触れる。
 オズワルドが、屈むようにし、そこに唇で触れた。
 それから僕の服をグッと開いて、噛みついてきた。

 一気に突き刺され、牙二本の痛みに声を上げそうになった。少し引き抜き、さらにぐぐっと牙を進められる。強く吸われると、ぞくりとした。恐怖がこみ上げてきたのだ。

「う……」

 再度噛み直された時、僕はうめき声を漏らした。するとさらに強く噛みつかれた。思わずオズワルドの体を押し返す。だが、オズワルドは動かない。それからゆっくりと牙を引き抜かれた。オズワルドは残忍な笑みを浮かべていた。

「お前は痛みに強いんだな。我慢強い。最初の一噛みで大声あげる奴が多いんだけどな」
「うあぁ……っ」

 楽しそうに笑ってから、またざくっと牙を突き立てられて、僕は声を殺しきれなかった。最初の傷口から少し逸れた場所で、刺さるたびに最初の穴が広げられてものすごく痛かった。「あああ」と声が漏れてしまった。喉が震える。生理的な涙が浮かんできた。

 その後もオズワルドは、軽く噛んだり深く噛んだりをしばらく繰り返した。

「うう……あ……ぅぁぁ」

 痛い痛い痛い。体の中に冷たいドロドロが入り込んでいくような痛みだ。黒い痛みだ。僕は喉をそらして、大きく息を吸う。今度は恐怖ではなく痛みから体が震え始めた。瞳が涙で滲んだ。痛い、どうしようもなく痛い。

 僕は、これほど長い間、痛みに晒されたことがなかった。

 僕はオズワルドの胸元の服を掴んだ。
 何度も押し返そうとしたが、やはりぴくりともしない。
 力が抜けている訳じゃない、オズワルドの方が、僕より力が強いだけだ。

 ぐぐぐっと牙が深くなる。僕はついに堪えきれずに悲鳴を上げた。
 短く小さな僕の悲鳴。
 それに気をよくしたように、オズワルドが何度も牙を動かす。

 ――駄目だ、これは駄目だ。
 僕はやっと気がついた。こんな痛みが続いたら、僕は死んでしまう。
 逃れようと夢中で片手を持ち上げたら、きつく手首を掴まれた。

 やめてくれと僕は口走っていた。しかし許されなかった。
 僕はついに大きな声を上げて涙をこぼした。

 僕は目を伏せ、喉を震わせた。痛みで呼吸が出来なくなってくる。

 僕は床に倒れ込んだ。するとオズワルドは、僕を押し倒すようにして上にのった。両手首をきつく掴まれ床にたたきつけられる。上半身の重みで動けなくなり、足の動きも封じられた。

 その間もオズワルドの口は離れず、僕が身動き取れなくなった瞬間、さらに深々と僕を噛んだ。夢中で首を振り、僕は泣いた。もう痛みしか考えられなくなっていく。やだやだと泣き叫んだ。そのままずっと僕は噛まれていた。どうしてこんなに長いのだ。まだ血は吸い終わらないのだろうか。もう痛いのはいやだ。

 だけど我慢する以外、僕は他にどうする方策も思いつかない。痛すぎて意識を失うことも出来ない。僕はそれから暫くの間、ただ痛みが強くなる度に叫び続けた。


 痛みが消えたのは、どれくらいしてからだったのかは分からない。かくんと体から力が抜け、痛みが消失した。急速に血が吸い取られていった。それまで抵抗させていた体を、でこぼこした床にぐったりと預ける。涙が乾いていく。

 目がうつろになって、意識がぼんやりとした。

 僕は頬に床の感触を感じながら、横をぼけっと向いていた。
 しばらくそうしていると、オズワルドが口を離して僕から離れた。

「美味かった」



 ――これが、契機の夜だった。

 この十三歳での最初の夜のことを、僕はしばらくの間、夢だったのではないかと思っていた。だがその翌年、十四の歳の夜会でも、さらに十五の歳の夜会でも、訪れたオズワルドは僕の血を吸っていったから、十六歳になった今年は、既にそういうものだと理解していた。いまだ、僕は家の外には出たことがない。

 この夜も、オズワルドは、僕の部屋にやってきた。
 例年のことになっていたから、僕は部屋で一人、彼を待っていた。

 僕達の間には、特に会話はない。

 入ってきて早々、僕は軽く肩を押されたので、いつも通りベッドに座った。肩に触れた彼の指の感触に、胸がドキドキする。いつもは何も考えずに上着を脱いでシャツのボタンを外すのだが、今日に限ってはそれがどうしようもなく恥ずかしく思えて、頬が熱くなってきたので俯いた。

 というのも――昨日の夜、何故なのか、オズワルドと体を重ねる夢を見てしまったからだ。夢の中で、僕は彼に貫かれて歓喜していた。

 思い出すと指が震えてしまう。全身を羞恥にかられていて、体がポカポカする。オズワルドが、僕の耳の下を舌で舐めた。僕は異常なほど体をびくりと反応させてしまった。不審に思われたのではないかと思い、体を固くする。

 ちらりとオズワルドを見ると、少し目を細め、首を傾けていた。そしてニッと笑うと、僕の手を取った。オズワルドが僕を見ているという事実に胸が高鳴る。

 オズワルドは僕の右手の指を口に含み、じっくりと舐め始めた。舌の感触に、ゾクリとした。しばらくそうした後、オズワルドはしゃがんで、僕の足首を握った。くるぶしの少し上を、強めに短く吸う。それから、僕の右足の指を、一本一本舐め始めた。口に含んでしゃぶっては、指と指の間をねっとりと舐める。思わず唇を片手で覆った。普通ならくすぐったいなくらいにしか思わないのだが、今日は何故なのか息が上がりそうになる。何より恥ずかしい。

 今度は、左足首に口づけられてから、そちらの指と、その間を舐められる。時間がある日は、オズワルドはこうやって、僕の手足の指やその周囲を舐めるのだ。なんでも場所によって、血の味が違うらしい。

 それから下衣をするりと脱がされた。ベッドに背を預けた僕は、オズワルドが僕の足を持ち上げるのを見る。それからねっとりと膝の裏を舐められた。普段でさえ、僕はそうされると少し声が出そうになる。

 今まではその理由が分からなかったが、現在は、弱いその箇所を舌で刺激されると、体がぴくぴくと震える事に気づき、多分性感帯なのだと分かった。膝の裏を音を立てて吸われ、僕は背を撓らせた。オズワルドが僕の太股の内側をゆっくりと撫でる。指先が、僕が今日気づいた噛み傷のすぐ側まで動き、また戻る。

 オズワルドがその痕に驚くことはないから、彼はそれを気にしていないのだろう。もしかしたら、僕は気づかない間に噛まれていたのかも知れない。

 それから上の服も脱がされ、僕はうつぶせにさせられた。膝を立てた僕の上にオズワルドが体重をかける。

 そして首の後ろをじっくりと舐めた。舌が上下し、僕の背中をゆっくり蠢く。彼の両手は僕の骨盤をぎゅっと掴んでいる。手に力を込められると、以前からおかしな気分になっていたのだが、今日はダイレクトに気持ちが良いと思ってしまった。

 これはまずい。このままだと僕は勃ってしまう。僕は一糸まとわぬ姿だから、そうなれば気づかれてしまう。オズワルドは、今日はどこから血をとるのだろう。それが決まるまでの間は、いつもオズワルドは僕の全身を舐めて、血を味見するのだ。

 僕はこれまでそう言うものなのだと漠然と思っていたが、自覚すると、これは恥ずかしい。自分の体がぴくりと反応するたびにシーツをきつく握った。右耳の後ろ側を、ねっとりと舌でなぞられる。

「ひっ……」
「随分と今日は敏感なんだな。なんだよ、溜まってんのか?」
「ああっ」

 オズワルドに耳へと息を吹き込まれ、そこで喋られたら声が出てしまった。自分の声に動揺した。硬直した僕を、オズワルドが不思議そうに見た。彼は僕の反応に動きをとめた。どうしよう、やはり怪訝に思われているようだ。なのに目が合うと僕は、どんどん真っ赤になってしまった。泣きそうだ。僕はきっと気持ち悪い人だ。

「そう言う反応されると、俺は勘違いするぞ」
「……」
「俺のことがすごく好きで意識してるようにしか見えない。俺に恋してるように見える」
「……」
「否定しないのか?」
「……」
「それとも俺の理性を試すゲームでも始めたのか?」

 好きなのかなんて言われたから、僕は胸を抉られたようになり、硬直した。顔が熱くてどうしようもない。人生で初めての体験だ。

 恋、しているのだろうか? 少なくとも意識は、ものすごくしている。

 動揺と混乱で、僕はおろおろと視線を彷徨わせた。
 僕は首を振るべきだ。好きじゃないと嘘をつくべきだ。ふられてもう二度とオズワルドに会えなくなるのが嫌だ。ふられたら、相手とは普通会わなくなると思う。それならば、今まで通りの方が良い。

 目をそらした時、首筋を噛まれた。
 薔薇の匂いがする。
 僕はこの日は、そのまま眠ってしまった。


 ――そして、再び、夢を見た。

 僕は、全身を歓喜で震わせながら、快楽に涙し、下からオズワルドに貫かれていた。
 彼の体に腕を回して抱きつき、気持ちいい気持ちいいと泣きながら口にしていた。

 全身がとろけているような感覚で、強すぎず弱すぎない、純粋な気持ち良さにむせび泣いて喘いでいた。

 オズワルドは悪戯をするような目で楽しそうな顔をしている。

 僕の首をざくざくと牙でさしている。噛まれるたびに、じわりじわりと快楽が広がるのだ。噛まれた箇所から広がる快楽は、多分内部の前立腺よりも、彼の腹に僕がこすりつけている陰茎よりも、ずっとずっと強い快楽だ。噛まれると、ちかちかと視界が白く染まる。

 もっとと僕が口走れば、ぐっと深く牙を突き刺しながら、彼はより深く内部をつきあげる。僕がもっと弱くと言うと、腰を引き、甘噛みにかえる。僕の言うとおりにしてくれる。

 だけど僕が達しそうになると、弱くといってもぐぐっと牙を深くし、快楽を僕の皮膚の下へと送り込んでくる。僕は声を上げて果て、彼の腹部に白液を出す。余韻に浸っていると、彼がそれを指に絡めて、ぺろぺろと舐めるのだ。

 僕はこんなに愛に溢れた心が通じるような性交渉をした覚えは他になく、穏やかな気持ちの良さに全てが満たされていく。甘い香りがする。薔薇の匂いに僕は沈んでいる。

 オズワルドは僕の中から体を引くと、優しく僕を寝台におろした。

 濡れている太股の精液を指ですくい、それもぺろぺろと舐めている。それから僕の太股をざくりと噛んだ。痛みはない。ただ、気持ちいい。オズワルドが口を離し、たらたら流れ出した血を舐め取り始める。舌はその内に、僕の陰茎へと向かい、その後彼は口淫をはじめた。じゅるじゅると音を立てて吸い上げられる。

 その内に、再び僕の体は反応をはじめた。オズワルドが彼自身の指を噛み、血が垂れる指を二本、僕の中へと押し入れてくる。上と中の両方から水音が響いてくる。僕の中へと、オズワルドは、彼自身の血を塗り込めていく。彼の血は熱い。僕の体にそれがしみこんでいくと、カッと全身が熱くなる。僕はそれが全身に届いた時、声を上げた。自分でも信じられないほど甘くて大きな声だった。

 満たされている。満たされていた。彼の陰茎が再び押し入ってくる。かわりに引き抜いた指で、僕の陰茎の先端を嬲る。先走りの液と血が混じり合う。今度は先端から彼の血が僕の中へと入ってくる。尿道を暴かれる感覚。彼はもう一方の手で僕を抱き寄せ、再び首筋をざくりと噛んだ。僕は再び声を上げた。全身の力がよりいっそう抜ける。あ、あ、と僕は喘ぎ、彼に血を強く吸われる。

 ぴくぴくと僕は震え、牙の衝撃だけで果てそうになったのだが、今度はそれが出来なかった。入り込んだ血に精は吸収され、その血が僕の陰茎の中を蠢いた。ずっと達しているような感覚がすぐに押し寄せてくる。

 オズワルドがそれを見計らうように激しく動き始めた。

 僕は前立腺をぐりと刺激され、のけぞった。内部だけで限界を迎え、前後からの前立腺への刺激に、体がはねた。中だけで僕は果てた。内部に熱い液体が注がれる。薔薇の香りがいっそう強くなる。僕の中におかしな魔力がうずまきはじめる。さらに深くがんと腰を動かされた時、僕の前が解放された。

 僕の射精にあわせて、全ての魔力が陰茎から一気に外へと出て行く。

 ただの吐精とは違う。僕は大きく喘いだ。僕の出した白液が飛び散る。魔力は黒に近い紅をしていて、靄のように空気中に漂う。薔薇の香りがさらに深くなる。

 オズワルドが人差し指をくるくるとまわすと、その靄があつまりはじめ、次第に球体に収束した。オズワルドがそれを掌にとって握ると、深紅の魔力が、ブラックルビーににた宝石のように変化した。その球をうっとりしたようにオズワルドが見る。僕はこれまでにも何度か、オズワルドがうっとりと宝玉を見ている夢を見たことがある気がした。

 気のせいかも知れない。

 夢うつつに、こんな風にオズワルドと体を重ねる夢を見るのだから、僕はよっぽど彼のことが好きなのだろうなと思った。自分の性欲の対象にしているのが申し訳なくて、彼の顔がまともに見られなくなるように思った。いいや、これは夢だから、目が覚めたら覚えていないかも知れない。僕の思考はそこで途切れた。


 ――オズワルドの滞在中、ずっと似たような夢を見た。

 そのせいで、十七歳になった年は、オズワルドの顔を見るのが怖かった。
 そしてその年は――夜会の期間に限らず、定期的にオズワルドの夢を見た。
 それ以後、年々――頻繁に、そう、頻繁にオズワルドの夢を見るようになっていった。

 今年、僕は二十三歳になった。
 オズワルドと実際に会うのは、年に一度の夜会の時だけであるというのに、今では毎夜オズワルドの夢を見ている。目を覚ますたびに、それがオズワルドの夢だったことは思い出せるのだが、残念なことに、顔は上手く思い出せない。

 僕はその日、ため息をつきながら、窓の外を見ていた。
 オズワルドのことを考えていた。
 すると――館の周囲を覆う木々の合間に、オズワルドの姿が見えた気がした。

 息を飲んだ。

 気づくと僕は、部屋から出ていた。会いたかったのだ。
 夜会までは、あと八ヶ月もある。
 夢ではなく、現実で彼と、すぐにでも会いたかった。
 僕はもう、オズワルドに恋焦がれているようだった。

 公爵家から、外に出る。それは、僕にとっては、初めての経験だった。
 幸い回廊には人気がなく、誰も僕を止めなかった。

 外へと出る。扉の音が、嫌に響いた気がした。
 窓から見えた邦楽へと進む。めったに歩いたりしないから、すぐに息が上がった。
 何度か立ち止まり、呼吸を落ち着けながら、茂みを掻き分けていく。

 ――だが、どこにもオズワルドの姿はない。

 僕は少し歩いてから立ち止まった。そして気づいた。
 森の中で、僕は道に迷っていた。館の屋根が、どこにも見えない。
 困って僕は、素早く周囲を見渡した。目印は何もない。

 振り返ってみるが、道など無いので、どこの茂みをかき分けてきたのかも分からない。どうしよう、帰れない。少し戻ってみたが、本当に戻ったのかも分からない。

 その時だった。

「っ」

 ざくりと後ろから首を噛まれた。

 目を見開き、僕は硬直した。長い牙が二つ、深々と入ってくる。

 気づくと僕は、側の木に押さえつけられていた。
 痛みが背筋を駆け上る。尋常ではない痛みに呼吸が凍り付く。
 牙が一度引き抜かれ、再びぐさりと突き立てられた。

「ああっ」

 僕は声を上げた。肉を抉るように牙が動き、噛むたびに傷が広げられていく。
 ――オズワルドが、後ろに立っていた。

 オズワルドが、僕の下衣を引きずりおろした。今までにはこんな事はなかった。
 皮膚に外の空気が触れた瞬間、そそりたった陰茎を、彼は僕に突き立てた。
 押し広げられる。

 痛みに体が八つ裂きにされるような感覚に、僕は正面にある木の幹を掴もうとして失敗した。指の腹が痛い。それでも手を突いた時、僕は体重をかけられて尻を突き出す形になった。首と下の痛みに僕は号泣した。

「やだぁ! あ! うあ!」

 その時、オズワルドが僕の両方の乳首を摘んだ。瞬間、全身に快楽が走った。僕の背がそる。するとより深く牙を突き立てられ、無理に中を暴かれる。オズワルドの片手がその内に、僕の陰茎に伸びた。もう一方の手は、藻掻いた僕の手首を掴んで木に押しつける。

 快楽と痛みが同時に襲ってくる。次第に一方の痛みは、前立腺を突かれるたびに快楽に変わってしまった。僕はオズワルドに強姦されていた。

 僕はオズワルドと体を重ねる夢を度々見ていたし、そうできたら幸せなんじゃないかなんて思っていたが、実際にこんなことになり、それが無理矢理だとは想像もしていなかった。

 痛い、兎に角痛い、それに怖い。なのに気持ち良くて、僕は激しく突かれ前を扱かれた時、呆気なく果てた。力が抜ける。血を吸われたからではない。まだ吸われていない。痛みは持続したままだ。震えていると、一度牙が引き抜かれた。肌を血が伝っていくのが分かる。

「家は逆方向だ。一体ここで何を? そんな風に襲って下さいって行動してるとこうなるんだぞ」
「い、痛くしないで」
「いやだね」
「うああ」

 ぐぐぐと傷の上に再び牙を立てられる。痛みに震えていると、腰を回すように動かされた。中をかきまぜられて太股が震える。オズワルドが片手で僕の腰を掴み、もう片手で僕の唇をなぞった。こんな風に痛いのと気持ちいいのが同時にくるのは知らない。

 痛みで時折僕の陰茎は萎えそうになるのだが、その度に内部で前立腺を刺激され、硬度を取り戻そうとする。オズワルドが激しく腰を動かし始める。水音が響いてくる。

 それからオズワルドは再び口を離した。僕は悲鳴を上げた。彼は大きくなった傷口に、舌先をねじ込んできたのだ。熱い痛みに涙がとめどなく出てくる。

「どうして欲しい? ん?」

 ニヤニヤ笑うようにオズワルドが言う。痛くておかしくなってしまいそうだ。

「噛んで欲しいか? 言ってみろよ。いつもみたいに気持ち良くなりたいんだろ?」

 いつも、と言う言葉を曖昧な意識で聞いていた。僕は震えながら首を揺らす。

「や、優しくして……っ……」
「――ん?」
「うう……」

 僕が言うと、オズワルドがちょっと虚を突かれたような声を出した。

 僕はと言えば、噛んで欲しいのかと言われたらよく分からない。痛いのはいやなのだ。噛まれると痛い。だが血を吸ってもらえば、力が抜けてきて痛みは和らぐし、薔薇の香りがするようになれば、痛みは消失して心が温かくなるのだ。それを考えれば噛まれたいような気もする。

 そう言う意味で言うならば、気持ち良くなりたいのかも知れないが、僕はどちらかというと楽になりたいと言うことだと思う。だが何より辛いのは、オズワルドに酷く扱われているという事実だ。僕は優しいオズワルドが好きだ。そうじゃないのは怖いのだ。

 だからといって嫌いになると言うわけではないが、僕はオズワルドに優しくして欲しいのだ。僕は、何かオズワルドを怒らせるようなことをしたのだろうか。オズワルドはお仕置きだという。なんの?

「……調子狂うな。悪かった。獲物を捕るみたいで楽しくて調子に乗った。それとあんまりあっさり喰われるから、危険だって分からせたかったというか……無防備にするなというお仕置きというか……グレイ、ごめん。あーあー。その泣き顔は犯罪だ。苛めたくなる。んー、俺も鬼畜の同類だな……」
「うあ……あ……」
「言ってみ? 噛んで、って。てめぇ一回も言ってくれねぇんだもん」
「う……っ……オズワルド……」
「っ、クるな。もっと俺の名前呼べよ。初めて呼ばれたけど、ゾクゾクする」
「オズワルド……オズワルド、噛んで……噛んで……――うああっ」

 僕は無我夢中で、言葉を放った。するとごくりと喉を動かした直後、オズワルドが僕の傷口へと再び噛みついた。衝撃に痛みを覚悟したが、牙が突き刺さった瞬間に、逆に痛みが消失した。ぐっと奥まで入ってきてそれが止まった時には、全く逆の言いしれぬ快楽が流れ込み始めた。

 熱い、すごく熱い。それにあわせて小刻みに腰を揺らされた。薔薇の匂いがする。僕は断続的に声を上げながら、体に力を込めた。しめるなよなんてオズワルドが苦笑した。口を離した彼が傷口を舐める。痛みはもう無くて、舐められるたびに、じんじんと甘い疼きが広がった。

 がくんと僕の体からは力が抜け、倒れそうになった僕を抱き留めて、オズワルドが体勢をかえた。涙で滲んだうつろな瞳で、僕はオズワルドをまじまじと見る。たぶん情欲も滲んでいただろう。僕は思わず呟いていた。

「キスして」
「反則だろ」

 舌打ちしたオズワルドが、僕の唇を深々と貪った。オズワルドとキスをしたのは初めてだ。夢の中でさえない。そしてこんなに荒々しいキスは、生まれて初めてだ。舌を強く吸われ、僕が彼の体に腕を回そうとしたとき、草むらに押し倒されて、髪に草が触れた。

 一瞬だけ離れた唇が、再度僕の口を塞ぐ。僕の中で、オズワルドの陰茎が角度を変えた。先ほどまでよりも存在感が増した。より大きく固くなったのだと思う。それから荒々しく抽送され、オズワルドが果てた時に、僕も放った。肩で息をしていると、再び口づけをされた。無性に幸せな気分になる。多分僕はずっと、オズワルドとキスをしたかったのだ。

「僕は、オズワルドのことが好きだ」

 そして、僕は言ってしまった。あ、と思った時には、言っていた。気まずくなって顔を背ける。オズワルドがポカンとしたように目を見開いていた。僕は再び逃げたくなったのだが、僕達はまだ体を繋げたままだった。思わず腰を引くと、喉で笑って、オズワルドが僕の腰を掴んだ。まだ萎えきっていなかった陰茎で中を擦られ、僕は小さく声を上げてしまった。

「ぬ、抜いて」
「んー。やだ」
「抜いて!」
「もう一回言ってくれ」
「……その……」
「グレイ。俺のことが好きなのか? どうなんだ?」
「……好きだよ。だけど」
「だけど?」
「ごめんね。すぐに諦める。忘れるから」
「何で諦めるんだ?」
「だって……」
「だって?」
「……もういいだろ。やめて」
「やだ。忘れないようにしてやらねぇとな」
「え? うああ!」
「諦めるのを諦めろ。もう忘れるなんて言わせねぇよ」

 深く噛まれた時、オズワルドの陰茎が硬度を取り戻したのを理解した。再び突き上げられて、僕は悶えて泣いた。快楽を高められていく。また薔薇の匂いがする。僕は思わずオズワルドの首に両腕を回した。そんな僕の体を激しくオズワルドが揺らす。気持ちいい。すごく気持ちいい。夢の中とおんなじだ。

 オズワルドはすぐに果てた。その時深く噛みつかれ、僕も果てた。血が大量に吸い取られ、僕はぐったりと草の上に体を預ける。息が上がってしまっていて、口を必死で開いたのだが、上手く呼吸が出来ない。ようやく僕から陰茎を引き抜き、オズワルドが指で僕の目元をぬぐった。涙がぬぐわれた。それから僕を抱き起こした。

「俺と一緒に来るか?」
「え?」
「――俺も好きだ。今夜こそ、連れて行こうと思ってな」


 この日、僕は家から出ることになった。
 そして二度と、戻らなかった。

 新聞には、僕が墓地の棺の中に行ったと書かれていたけれど、現在僕は、オズワルドの隣にいる。