大陸時計の針




別に俺は、王位が欲しくてクーデターを起こしたわけじゃない。
ただ――父王陛下の暴政に堪えかねたのだ。いつか俺が事を起こさなくとも、民衆は立ち上がったと思う。あるいは俺は、その時に処刑されることが怖かったのかも知れない。
俺は、ミスルナ王国の第一王子だ。
しかしそう上手くはいかなくて、俺は弟の第二王子が指揮する師団にあっさりと制圧された。弟は冷酷で、いつも険しい眼差しをしている。幼い頃から、王位継承権を争ってきた相手でもある。
アルアキア帝国皇帝陛下から書簡が届いたのは、その時のことだった。
――亡命しないか。そして亡命国家を作らないか。
藁にもすがる思いで俺はその条件をのんだ。そして着いてきてくれた民衆と家臣を連れてアルアキア帝国へと逃れた。
その優しい言葉に騙されたのが間違いだった


現在俺は、形ばかりの玉座に拘束されている。服ははぎ取られ、背もたれの後ろで手錠をかけられていた。家臣達は俺を取り囲むように指示され、玉座の下から俺を見上げている。
「そろそろ皇帝陛下に服従し、愛を誓うことを決意なされましたか? これは同意なのですから」
やってきた帝国宰相にそう告げられ、俺は目を細めた。
そう、俺は同意して、こうして裸体で座っていることになっている。そうしなければ、家臣の首が跳ぶことになっていた。だから俺は、愛する皇帝陛下を待って、こうして体で誘うために、座っていることになっているのだ。無論、そんな事実はない。これはただの拷問だ。ただし一度も皇帝陛下がここへと足を運んだことはない。自ら戦場へと立っているという話しは、王国にいた頃から俺の耳にも入ってきていた。
しかし、帝国が提示してきた条約を結ぶことだけは、決して出来ない。条件は二つだった。
一つ目は、服従を近い、愛を囁くことだ。
二つ目は、ミスルナ王国に伝わるとされる≪大陸時計の部品≫の在処を告げ、譲渡することである。
「断る」
きっぱりと告げると、帝国が宰相が溜息をついた。思案の瞳が俺を馬鹿にするように見据えている。手には注射器を持っていた。――嗚呼、また注射されるのか。それは媚薬だ。
既に何度も注射をされていて、俺の首筋には、針の後が点々としている。
その上俺の陰茎は立ち上がり、反り返り、先走りの液をダラダラと情けなく零しているのだ。家臣達に見られながら。それでも俺は、誇りを捨てたくなかった。
「触って欲しいのでしょう?」
「誰にものを言っている。嫌に決まっているだろう」
「大層気がお強い」
失笑すると、帝国宰相は、再び俺に注射をした。
全身が熱を孕み、意識が一気にこみ上げてくる快楽に絡め取られそうになるが、俺は口をひき結んで堪える。実際には、もうとっくに出してしまいたいと、体が訴えていた。触って欲しくて仕方がない。しかしそんなことは、俺のプライドが許さない。俺は、ミスルナの次の国王なのだから。実際には、民衆は気高く強く何よりも清艶で美麗な、弟が王座につくことを望んでいるのは知っている。弟が王位についたならば、きっと俺のように甘言に惑わされることなど無く、国を守ってくれるのだろう。俺にもそれは分かってはいた。
「皇帝陛下に愛を誓って下さい」
「誰が、断る」
するとさらに薬液を注射された。注射針のもたらす鈍い痛みにすら、敏感になった肌が反応してしまう。最早俺の体が限界なのは、俺自身がよく分かっていた。

「それがミスルナの第一王子か」

その時凛とした声が響き渡った。俺が虚ろな眼差しを向けると、そこには帝国の皇帝陛下が立っていた。慌てたように、さざ波が広がるように、周囲が平伏していく。
歩み寄ってきた皇帝は、じっと俺を見据えると、良く通った鼻梁を傾け鼻で笑った。
そして、ツっと、蜜をすくうように、俺の陰茎の筋に沿って、人差し指でなで上げた。

「あああッ!!」

俺はその刺激に、精を放った。限界まで張りつめていた陰茎から、白濁とした液が飛び散った。ついに出してしまった。俺は唇を噛みしめ、声まで出してしまったことに息を飲む。最悪だった。皆が俺を見ていた。
「俺に服従しろ。敗戦後の条約を結べ」
率直に言われたが、俺は皇帝陛下を睨め付けた。
「断る」
すると興味を無くしたかのように、皇帝陛下は帝国宰相へと視線を流した。
「……宰相、後は任せたぞ」
「御意」
それから皇帝陛がマントを翻し立ち去ると、再び嘲笑されながら俺は注射をされた。
そのまま――幾日が過ぎた頃、再び皇帝陛下は訪れた。
もうその時には、俺は悦楽に気が狂いそうになっていて、刺激を与えられることを心底望んでいた。そんなことは駄目だというのに。皆に見られているというのに。なのに体が熱くてどうしようもない。
皇帝陛下は、再び俺の先走りの液を指に塗りつけ、根本から先端までを人差し指でなぞった。俺は絶叫していた。

「愛してる、愛しているから――!!」

自分から放たれた声音に泣きたくなった。俺は射精した。俺が陥落した瞬間だった。もう訳が分からない。与えられた刺激を思い出すだけで、再び体が熱を持った。俺がそのまま情けなく喘いで精を放つと、淡々と冷たい瞳で、皇帝陛下が俺を見た。
「そうか、宰相、契約を」
「御意」
すると宰相が箱を持ってくるように指示を出した。条約を締結する証に、装飾具を交換するのは、この大陸共通の定め事だ。ぼんやりと曖昧模糊とした思考でそれを見守っていると、箱が開けられ、中には金色のピアスが二つ入っていた。

「うあああああ!!」

ピアスを手に取った帝国宰相は、俺の左の乳首に、その輪型の装飾具を突き刺した。しかし絶望的なことに、その痛みさえ俺の体は快楽へと変換し、再び俺は果てていた。次は右側だった。血が僅かに零れて、垂れていくのが分かる。
――それからが地獄だった。

「ああっ、うあああ、あ、アアア!!」
「ここが随分とお好きなようだ」
「ひッ、ン――!!」

その場で、帝国宰相に、無理に中を暴かれた。皇帝陛下から委任を受けた宰相に、”愛”の交わりを強制されたのだ。勿論、愛など無かった。はじめは乱暴に貫かれ、いいや、今でも気が狂うほどに乱暴に激しく貫かれている。勿論、部下は皆、そんな俺を見ていた。だがもうよがり狂った俺は、声を上げずにはいられなかった。気持ちが良すぎて、意識が朦朧とする。定期的に打たれる注射は止まらない。その内に気づいた。部下達が勃起していることに。きっと……俺は軽蔑されたのだろう。最早、ただの性玩具としてしか見られていないとよく分かる。俺はもう、意味のある言葉など、何も言えないほどただ喘いでいた。もう快楽のことしか頭に無かったのだ。

ただある日、それがピタリと止んだ。
俺は豪奢な寝室へと運ばれて、力の抜けた体を寝台へと預けた。手錠の拘束が外れることはなく、頭の上でつながれているが、それでも久しぶりに横になったことで、俺は泥のような眠りについた。ぐったりとしてしまい、体が酷く重かったのだ。
――帝国宰相がやってきたのは翌日のことだった。

「≪大陸時計の部品≫はどこですか?」

譲渡する条約を俺は締結してしまったが、在処はそれでもまだ口にはしていない。
それを聞き出すために休息を取らされたのかと理解し、俺は横になったままで、何度か瞬きをした。
――俺が知っている部品は、≪大陸時計の針≫の在処だ。長い針と短い針。
それは弟の体内の中に入っている。弟はその事を知らないが、弟の左の二の腕の骨の中と、右足の太股の中に入っているのだ。部品があると言うことしか、帝国は知らない。王国にはいくつかの部品が伝わっているのだが、それは王族しか知らない機密だ。――だが、針があると知れば、弟の腕と足は切断されるのだろう。傍目に見ていても、良く均整のとれたあの体が、切り裂かれる姿を想像すると、吐き気がした。
俺は冷徹な弟のことを思い出した。次々と笑みさえ浮かべて、敵を屠っていくのだ。俺が逃げられたのは、直接弟が戦闘に出ては来なかったからに過ぎない。弟もまた、戦地の最前線にいることが多いのだ。だけど俺は、本当は弟は心優しいのだろうと思っている。小さい頃から花が好きな弟の姿を、俺はよく見ていた。手ずから世話をしていたのだ。

「仕方がありませんね」

帝国宰相はそういうと、未だ裸の俺にのし掛かってきた。手には、これまでに見たこともなかった、香油の瓶を持っていた。
「ンああっ、嫌だ止めろ」
俺の中に、宰相の指が入ってくる。中の感じる場所を刺激され、俺の慣らされ切っていた体は、すぐに熱を帯びた。乱暴に貫いて欲しかった。しかしこの日の宰相は、そうはしなかった。
「も、もう止めてくれ……ああっ!!」
丹念に丹念に俺の中をほぐし続ける。そうして焦らされるのが辛くて、俺は泣きじゃくった。気持ちが良すぎて、もうどうにかなってしまいそうだと、これまで以上に感じてしまった。こんな快楽は知らなかったのだ。同性に体を暴かれるなど、その上に快感を覚えるなど、あってはならないことのはずだった。俺の中では。しかしもうおかしくなりそうだった。あるいは、とっくにおかしくなっていたのかも知れない。
以来今度は、その部屋で帝国宰相に、それまでとは異なり優しく抱かれるようになった。いつも丹念に俺の体をほぐし、愛撫し、俺の体を追いつめていく。

「今日はこのピアスを」

ある日そんなことを言われて、耳にしていたピアスを一つ変えられた。よくその意味は分からなかったが、ただ何となく胸が温かくなった。この頃になると俺は、多分宰相が訪れることを待ち望んでいたのだと思う。多忙なのか、深夜に来訪することが多く、来ない日も多々あった。そんな日は、今日は来ないのだろうかと、寂しさすら感じていた。その温もりに絆されていたのだ。それは与えられる悦楽故なのだろうか。それとも俺は……考えたくもない推測が頭を過ぎる。而して異国宰相がやってくる旅に、俺の意地が言うのだ。
「二度と来るな。ピアスなどいらない。貴様に抱かれる事など、吐き気がする」
「……そうでしょうね」
「顔も見たくない」
「だとしても私は貴方を抱く」
俺は口ではずっと拒否の言葉を連ねていた。
「うあン、止めろ、ふざけるな、いい加減に……ッ、嫌だ!!」
「こんなにだらだらと垂らしているのに?」
「ひぅ、うあ、違っ」
認めたくなかった。俺はそれでも、自分の体をどこかで認めたくはなかったのだ。ただ最初は体と理性が乖離していたのに、今では一つになろうとしていて、それが怖かった。
――事後。
俺は体を寝台に投げ出しながら思案していた。
もう……≪大陸時計の針≫の在処を言ってしまおうか。兄弟仲は悪かったのだし、王位継承権も保証される。でもこれだけは、ミスルナの時期国王として、そして――兄として、絶対に出来ない。いくら相手が俺を嫌いであろうとも、俺はどこかで弟のことが好きだった。

「今更こんな事を言うのは馬鹿げているかも知れませんが、私は貴方のことを、愛していますよ。愛するようになってしまったんです。その気持ちだけは、許してはもらえませんか?」

そんなことを言われたのはある日だった。その時、その告白に、俺の心の中で何かが崩れた。そして気がつくと口走っていた。
「俺も、好きだ」
「本当に?」
「――≪大陸時計の部品≫は、≪螺旋≫と≪針≫が俺が知っている限りは存在する。針は弟の体内にある。俺が知っている部品の在処はそれだけだ」
すると宰相が鼻で笑った。

「嘘に決まっているではありませんか。随分と、時期国王陛下は軽いんだな」

その声に俺は目を見開いた。心に亀裂が入り、ひび割れ、粉々に砕け散った瞬間だった。
「貴方が望むのであれば、それでもいくらでも抱いて差し上げますよ」
「……」
「体がお辛いのでしょう?」
以来宰相が部屋を訪れる頻度は目に見えて減った。そして俺は、何も言わなくなった。何も信じられなくなった。愛など、期待した自分が滑稽だった。愛しているから気持ちが良いなどと思うのは、幻想だったのだ。
それでも時折、思い出したように宰相はやってくる。
しかしもう俺は、拒否する言葉すら口にはしなくなっていた。

「ああっンんぅ、ああッ!!」

特に宰相も何も言わない。俺はただ喘いで、快楽にだけ体を預けた。
「ひッ、うう、ア」
「……」
「ああッ!!」
これまでには見せていた笑みも消え、帝国宰相は冷たい瞳で、義務的に俺を抱く。激しくもなく、甘くもなく、それはただの”仕事”であるのだなと俺は認識していた。だがそれでも良かった。もう悦楽に絡め取られた俺の体はどうにもならない。だから俺は、ただ出てしまう声を抑えずに、今日も嬌声をあげるのだ。

皇帝陛下がやってきたのは、そんなある日のことだった。
「ルイス殿下の元気がないんだ」
久方ぶりに聞いた弟の名に、嗚呼捕まったのかと、俺はぼんやりと考えた。あの弟が負けたのか。信じられない思いが強いはずなのに――もう俺は何も考えられなくなっていた。
「何か好みの品などを知らないか?」
何故皇帝陛下がそのようなことを聞くのかも理解できない。冷静に考えれば、常時であっても、そんなことは不思議なはずなのだが、俺はただ≪大陸時計≫の事を考えていた。俺は話してしまったことを後悔していた。
「……弟の針を取り出すのか?」
だから久しぶりに口を開いた。長らく人と会話をしていなかったせいで、声が小さくなってしまった。少し掠れていた。

「いいや、愛してしまったからそれはしない」

その言葉に、何故なのか純粋に羨ましいと思った。しかしこれも、嘘なのだろうか? 帝国の残酷な手法なのだろうか。俺にはそれが分からなかったが、ただ、弟のことを考えていた。

「花……」
「花?」
「弟は、花が好きだ」

そう答えた時、不意に帝国皇帝陛下が、俺の顔をまじまじと見た。
「感謝する――ところで、そのピアスは?」
答える気力など無く、俺は無言のまま、ふと帝国宰相の顔を思い出した。
「それは普通、この国では、恋人に贈るものだ」
そんな馬鹿なと、宰相の顔を思い出したまま、俺は失笑していた。


その日の内に、俺は帰国できることになった。戦争が終わったことを聞かされた。
何故なのか、締結した条約の中身は変化していて、王国が占領されることは回避されていた。何かあったのだろうか? 弟が、手腕を発揮し、そして俺を助けてくれたのだろうか。それ以外には考えられなかった。
夜――帝国宰相がやってきた。服を着せられた俺は、その時寝台に座っていた。
すると、正面から抱きしめられた。何故なのかその温もりに、泣きそうになってしまったがこらえる。
「私は――今更ですが、本当に貴方のことを愛しています」
それはずっと聞きたかった言葉のはずだった。だが、信じられるはずもない。
「ですが、貴方と私では、立場が違う。貴方の御立場は、今では国王陛下だ。私には本来ならば手の届かない存在です。僅かな間でしたが、夢を見させて頂き、有難うございました」
「……それも嘘か?」
その時俺は、宰相が、俺に渡した物と同じピアスをしているのを見た。
「信じなくて良い。それでも私は、貴方のことが好きなのです」
帝国宰相の腕の力が強まった時、俺は思わず苦笑していた。
「……信じてもいいか? また馬鹿だと笑え」
それから俺は、帰国した。


帰国して聞いた。弟は――最後まで、≪大陸時計の螺旋≫の在処を言わなかったのだという。俺は、恐らく螺旋は、俺の体内にあるのだろうと確信していた。俺の体内にある部品が螺旋であることは、儀式をした相手を懐柔して聞き出していたのだ。弟は、俺のことを想ってくれていたのだろう。なのに俺は裏切ってしまった。気づけば俺は、号泣していて、涙が止まらなかった。自分自身を最低だと思う。自己嫌悪で消えたくなった。どうして、どうして俺は、帝国に弟のことを伝えてしまったのだろう。弟は未だに、帝国にいる。何をされているのかも分からない。俺があのような目にあったのだから、さらに酷い扱いを受けているかも知れない。絶対に助けなければと、助け出したいと俺は思った。

俺はすぐに帝国に引き返した。そして、解放交渉をすることにした。
相手は、帝国宰相だった。
「すぐに俺の弟を返せ」
「それは……」
帝国宰相が渋った時、唐突に扉が開いた。現れたのは、帝国皇帝陛下だった。

「ルイス殿下は返さない」
「いいや。帰国させると言うまで、ミスルナは何をしてでも人質として王族を渡すことは――」
「違う、人質なんかじゃない。お前が何を考えているかは察しがつく、だけど違うんだ。俺は、ルイス殿下を愛しているんだ」

響いてきた皇帝陛下の声に、俺は目を瞠った。今、なんと言った?

「もしも人質と取るならそれでも良い。ならばこちらからも、人を出そう」
「……本気か?」
「ああ、ルイス殿下を俺にくれ」

その宣言に、俺は正直困惑した。俺はどう答えればいいのだろうか。弟の気持ちはどうなのだろうか。ただ痛いほど、皇帝陛下の恋情が伝わってくる気がした。

「――ならば、帝国宰相をミスルナに」

俺は無理を言ってみることにした。帝国宰相の手腕は評判で、彼がいなければ帝国は回らないとさえ言われている。
「分かった」
しかし皇帝陛下はすぐに同意した。帝国宰相を一瞥すると、彼は何も言わなかった。

それから――俺は帝国宰相を連れて馬車に乗った。
「私に復讐しますか?」
「……信じると、言っただろう」
俺が帝国宰相を連れてきたのは、結局私情もあったのかも知れない。
連れ帰ると家臣達は、唖然とした顔をしていた。……俺のあんな姿を見たのだから当然だろうし、その相手が来たのだから当たり前だろう。それでも家臣達は、何も言わずに俺に着いてきてくれたのだ、今でも。俺はこれから良い国を作り、彼らに応えたいと思っている。帝国宰相は以降――俺の元で、手腕を発揮し、再び実力で今度は王国宰相になった。

――そして、ミスルナ王国は、発展を見せることとなる。俺は中興の祖と言われるようになった。俺と宰相の恋の詩を吟遊詩人が詠い始めたのは、今でもあまり思い出したくないことである。