調教病棟



 医薬品の匂いがする。常時薫るその香りは、一つ隣の建築物から届くものだ。
 総合病院がそびえ立っている。ここはその側に建造されている、独立した場所だから、怪我や病を患った者が運び込まれることはない。
だが、病院の気配は消えない。

「うあ……ン……」

 白い寝台の上で横たわり、頭上で手首を銀の手錠で拘束された、環那(かんな) は、ついにその時声を漏らした。雄を模した巨大な玩具で、前立腺を押し上げられた瞬間だった。菊門を押し広げる無機質な感覚に、少年の躰が震える。色素の薄い髪が揺れ、蒸気した頬に涙が筋を作る。ディルドを握り、グリグリと環那の内部を刺激する白衣の青年は、唇の片端を持ち上げてそれを見ていた。

「あ、ああっ……」

 調教医師である彰に、内部の感じる場所を今度は小刻みに刺激される。一度倒壊してしまった理性は、最早声を堪えるという選択肢を環那に与えなかった。ローションが立てる粘着質な音は卑猥で、きつく少年は目を伏せる。はっきりと躰内に感じる張り型の形に、次第に環那の太股が震え始めた。膝を折り曲げた状態で、環那は後孔を彰の前で晒している。上半身にだけ白いシャツを纏っていた。

「嫌、嫌だ……ッ……ん……あ!!」

 今度は激しく玩具で突き上げられて、環那は目を見開いた。白い喉が反り返る。こみ上げてくる快楽に、ついに理性が脆くも崩れ去ろうとしている。しかしそれだけはならないと、必死で環那は堪えた。

 彰はただ笑ってそれを見ているだけで、何も言わない。黒い二つの瞳で、じっと環那を見据えているだけだ。

 環那はこれまで、ずっと後孔だけで射精させられそうになる尋常ではない刺激に耐えてきた。耐えなければ、彰の思うつぼだと分かっていたからだ。


 彰は男性の躰を開発しては調教する医師なのだ。ストレスケア病棟とは名ばかりの、調教用の”病室”が、この建物には連なっている。自分もまたこの場所で、快楽をたたき込まれるのだろうと、環那は頭では理解していたが、心ではそれを拒んでいた。

 この病棟と”調教医師”の存在は、知る人ぞ知る恥辱まみれの場所だ。

 何も知らないでやってきた入院患者を、依頼を受けた医師が開発していく。依頼主は様々で、環那の場合は兄だった。両親が没した時に、払いきれそうにもなかった相続税と同等の額で、環那を被験者として病院に売ったのだ。調教成果を定期的に病院は公開していて、その”患者”の経過観察は高値で売買されている。そのため環那の病室の天井では、常にカメラが作動している。そうした情報を環那は、”入院”時に説明された。

「あ、うう……ン」

 鼻を抜けるような嬌声があがる。今度は躰内をかき混ぜるように、彰が玩具を動かし始めた。その度に卑猥な水音が静かな病室に響き渡る。肉壁を広げるように嬲られ、小刻みに揺らされた。感じる場所から逸れた刺激に、今度は快楽を堪える辛さで泣きそうになる。

「あ!!」

 時折掠めるように刺激されては、またゆっくりとディルドを動かされた。右に反り返った固い玩具は、その後再び環那の前立腺を押し上げるようにして止まった。

「あ……ひ、ぅ」

 もう限界が訪れようとしていた。張りつめた陰茎からは、ひっきりなしに先走りの液が漏れている。淡い色合いの少年らしい陰茎は、筋を浮き上がらせている。そこを透明な液が垂れていった。その時、彰が玩具を一際激しく動かし、感じる場所を刺激した。

「ああ!!」

 最後は呆気なく精を放ち、環那はぐったりと頭を枕に預けた。汗ばんだ髪がこめかみに張り付く。荒く吐息しながら、煩くわめき立てる自身の鼓動の音を環那は耳にしていた。脱力感に襲われたが、まだ躰は熱い。朝夕服用させられている錠剤が、少年の躰そのものを内部からも作り替えているからだった。躰内で射精されなければ、本当の満足感は得られない。絶望的な気分になりなった時、彰が再び激しく玩具を動かし始めた。

「嫌だ、まだ、あ……ン――ふぁア!!」

 腰がその抽送に合わせて、自然と動く。大きく口を開け、自然と環那は喉を震わせていた。気持ち、良い。それしか考えられなくなった時、視界が白く染まった。

「あ、ああ!! 駄目だ、また――……!!」

 何度も頭を振り、手を動かそうとしては手錠に阻まれる。鳴り響く鎖の金属音と、後孔から響いてくるヌチャヌチャとした音に、泣きながら環那は悲鳴を上げた。しかし一度達してしまったから、もっともっとと躰が刺激を求める。熱に浮かされたような躰から解放されたくて仕方がなかった。だが、一晩中玩具で嬲られ、結局挿入してもらうことは一度もないまま――満足感を得られないままに、環那は意識を失ったのだった。

 翌日の朝。

「おはよう、環那くん」

 彰の声に、環那は双眸を開けた。検温の時間だった。手錠は外されている。日中は普通の入院生活と何ら代わりはないのだ。ただ、夜だけが異なるだけで。そして躰がまだ熱いことだけが、非日常なだけで。それ以外は、驚くほどに普通なのがこの調教病棟だった。

「おはよう、先生」

 精一杯の笑顔を心がけて、環那は朝の挨拶を返した。毎夜のことが嘘ではないかと思えるほど、通常の彰は優しいのだ。渡された体温計を素直に受け取りながら、背の高い彰を見上げる。黒い髪が揺れていて、切れ長の瞳も穏やかに見えた。口元に浮かぶ微笑だって温かい。これまで自分にこのように笑いかけてくれる人間など、亡くなった父くらいのものだったから、環那は彰のことを嫌いになりきれないでいる。

「血圧は、うん、大丈夫だね。脈がちょっと速いかな」

 それもそうだろうと環那は思った。昨夜あのように弄ばれた相手を前に、緊張しない方がおかしいだろう。緊張すると脈が速くなるのか否かを環那は知らなかったが、何となくそんな風に考えていた。

 すると不意に右手で左頬に触れられ、親指で唇をなぞられる。

「今日も顔色が良いね」

 近い距離と、その感触だけで、夜に覚えた躰の熱が再び激しく燃え上がりそうになった。ずっと内部で燻っている欲求が、明らかに解放を求めていた。緩やかに勃ちあがりそうになった自身の陰茎に気がつき、慌てて環那は布団を引き寄せる。白いシーツが音を立てた。

「さっさと朝の薬を渡せよ」
「機嫌は悪そうだな。問診だって一応俺の重要な仕事の一つなんだけど」

 そう言った彰の吐息が左耳にかかり、環那は背筋を震わせる。全身が性感帯になってしまっている感覚だ。

「目が潤んでるけど、どうかしたのかな?」
「べ、別に。それより早く、薬。それに点滴するんだろ」

 環那が顔を背けると、彰が苦笑した気配がした。そこに横たわる空気感から、心配されているのだろうと環那は感じる。いちいち優しい彰の存在が辛かった。

 渡された薬という名の媚薬を素直に飲み込んでから、環那は点滴の準備をする彰を見守る。この病棟では、躰内の汚物管理のために、食事はあまりでない。代わりに栄養補給のための点滴が行われる。顧客が望む”患者”の体型に応じて食事量は変化し、毎日調教前に浣腸がなされている。同

 時に、直接挿入されても、陰茎から毒素が入らないようにする特殊な最近も植え付けられていく。だから調教が完了した時、患者の躰は、完璧に抱かれるための存在へと作り替えられるのだ。

「刺すよ」

 彰の声と共に、手の甲に注射針を刺されて、ピクリと環那は躰を揺らした。
 骨張った彰の手の温度に、どうしても躰が反応してしまう。

「そうそう、今日はね、環那くんが好きだって前に言ってたから、猫の本を持ってきたんだよ。これで少しは暇つぶしになるかな?」
「本当? 有難う、先生」
「猫のパズルも買っておいたから、後で両方持ってくるよ」

 くつくつと笑いながら告げた彰を見上げ、今度は何故なのか躰を侵す熱とは別の意味で、環那は頬が熱くなるのを感じた。ここのところ、彰と会話をしていると照れてしまいそうになることがある。しかし環那にはその理由が分からなかった。

 それから彰は帰っていったので、一人きりの病室で環那は静かに横になった。
 ――どうして彰と話をすると動悸がするのだろう?
 躰ではなく、心が穏やかな温かさを訴えてくるのだ。多分、彰が優しいのが悪いのだろうと、環那は一人考えながら、窓へと視線を向けた。快晴で雲一つ無い。最近では空を見る時間が増えてきた。それは最早日常と化していたが、同じくらいの割合で彰のことを考えている自分がいることを、少年は自覚していた。彰のことがよく分からない。ただ一つ分かるのは、自分が患者という名の被験者で、彼が調教医師だと言うことだけだ。おそらくは自分が患者だから、医師として彰は優しくしてくれるのだろう。環那はそう考えては、落ち込む心情の理由が分からない。

 これまで生きてきて、このように心を揺さぶられたことなど無かった。
 それなりに裕福な家に生まれ、兄弟仲は悪かったが、両親には比較的甘やかされて環那は育った。中等部時代にイジメにあってからは、学校には行っていない。だから友人は誰一人としていない。他人を信じたりすることが環那には出来なかったし、反面優しくされることにも慣れていなかった。だからなのか彰を前にすると調子が狂うのだ。

 そんな自分の姿もまた、全てカメラに写っているのだと思えば憂鬱だった。


 その日も夜がやってきた。

「うう、ん……っ」

 竿と袋の間にローターを固定され、強制的に快楽を煽られる。今日は後ろから抱きかかえるようにされ、シャツのボタンをはだけられていた。彰の両手の指先が、環那の胸の突起をそれぞれ摘んでいる。

「今日は、乳首だけで達するようにしようか」

 いつも彰は、その日の課題を最初に口にする。その後は何も言わない。自分の痴態がどう思われているのか、環那は怖くて仕方がなかった。だが、夜になれば相変わらず、彰の好きにさせてはならないと理性が訴えるのだ。調教が完了すれば、環那は試供品として、顧客の相手をさせられることになる。どうしてもそれを避けたかった。

 親指の腹で、乳頭を優しく何度も押しつぶされる。それから羽で撫でるような弱い刺激で、乳首を上下に擦られた。そうされる度に、環那の桜色の飾りは尖り赤くなっていく。ゆっくりと何度も呼吸し、必死で浮かんでくる熱を制御しようと試みる。

「ひッ」

 しかし強めに乳首をはじかれた時、思わず声が出た。

「あ、あ、あ」

 やはり一度声を上げてしまうともう駄目だった。再び優しく撫でられると、今度は焦らされるその感覚に、自然と腰が動き始めてしまう。彰がその時、舌先を環那の左耳に差し込んだ。環那は左耳を刺激されると、一段と躰が熱くなることをここ数日で学んでいた。頭の中に直接響いてくるような水音に、意識が遠のきそうになる。彰の躰を押し返そうとしたが、力が抜けてしまった躰ではそれが上手くできない。

 気づけば自然と、自身の手が己の陰茎へと伸びようとしていた。彰にその手首を掴まれ、環那は我に返る。羞恥でカッと頬が熱くなった。硬直していると、再び彰の両手が、乳首へと戻る。捏ねるように弄られて、全身が震え始めるまでに、そう時間はかからなかった。

 少年の先走りの液が垂れ始めた頃、彰がローターの動きを止めた。
 無くなった刺激が恋しくなっている自分を、嫌でも環那は自覚させられる。鋭敏になっている快楽中枢が刺激を求めて、激しく腰を前後させた。もう躰を揺らすのを環那は止められなかった。太股と太股を擦り合わせ、狂ったように腰を動かす。しかし与えられるのは、胸への刺激のみだ。

「やだ、嫌だ、あ……ああ」

 開発されるのが嫌だという思いは、疾うに消え去っていた。ただただ果てたかった。だが胸の突起への刺激だけでは、それは叶わない。

 弱い刺激が嫌だったのだ。もどかしすぎて、涙が浮かんでくる。

「あああ」

 その時片手で左の耳元から鎖骨までを撫でられ、大きく環那は声を上げた。
 冷たい彰の温度ですら、陰茎へ集中する熱の一部となっていく。明
 滅しだした意識の中で、彰の指先が再び乳頭へと触れたのを環那は理解していた。人差し指と親指の腹で挟まれ今度は速度を上げて何度も摘まれる。

「嫌だ、嗚呼、もう止めてくれ……止めて……止めっ」

 当然いくら懇願しようとも、彰の手の動きが止まることはない。ついにはすすり泣きながら、環那は腰に力を込めていた。自然と震える太股以外の動きが止まり、寒気に似た何かが背筋をはい上がっていくのを実感した。はい上がってくるのだ。ああ、もう、出てしまうと、全身が理解していた。出そうだった。後少しの刺激で、全てが。それを見計らったかのように、強く彰が乳首をはじく。

「うあ――!!」

 白液が飛び散る。ついに環那は、乳首だけで果てたのだった。


 少し眠ってから朝がきて、環那は自然と目を覚ました。
 起きあがり、傍らの机の上に置いてある、作りかけのパズルを眺める。

 検温までにはまだ時間があるからと、環那は続きの作業を始めることにした。彰が持ってきてくれた、猫のパズルのピースを一つ手に取る。完成したら、褒めてもらえるだろうか?すぐにそんな馬鹿な考えを振り払い、溜息をつく。それからは集中した。何もかも忘れたかった。

「起きてたのか。珍しいね」

 次ぎに我に返ったのは、彰にパズルをのぞき込まれた時のことだった。

「それに随分と進んでる。眠れなかったの?」
「ぐっすり寝た。お腹減った」
「困ったな、今日は食事の日じゃないんだけど」

 本当に困っているのか否か、彰は微笑したままだ。環那はただ我が儘を言ってみたかっただけと言うこともあり、慌てて首を振る。

「別に食べたいわけじゃないから」
「本当に?」
「うん。それより先生、先生はどんな食べ物が好き?」

 至極どうでも良い質問をしてしまったなと環那は思った。けれど会話を続けていたいとどこかで願っていたのだ。耳障りの良い低い彰の声を聞いているだけで、胸が温かくなってくる。何故なのだろう。

 環那はじっと彰を見据えながら思案した。

「俺はシュークリームが好きだな。目がないんだよ。甘いもの全般に」
「意外。あんまり甘いの好きじゃなさそうに見えるのに」
「そう? 珈琲だってミルクとクリーム無しじゃ飲めないよ」

 そう言って喉で笑った彰を見ていることが、なんだかとても幸せなことに思えた。一つ一つ、小さな事を知っていく毎日。この感情の名前を知りたいようで、知りたくないなと環那は考えた。自分たちの関係は、ただの調教する医師と、患者だ。それ以上でも以下でもなく、これ以上何か進展するわけでもないのだ。

「やっぱり寝不足なんじゃないのか?」
「そんなこと無いって」
「じゃあどうしてそんなに憂鬱そうな顔をしているのかな?」

 環那は、唐突に真剣になった彰の言葉に、息を飲んでいた。自分では笑っているつもりだったからだ。言われてみれば、唇に弧を貼り付けているだけで、己の表情が強張っているのが分かる。

「ちょ、ちょっと疲れてるだけだから」
「パズルじゃ気分転換にはならなかった?」
「そんなこと無い」
「気を遣ってくれなくて良いんだよ。そうだな、今日は少し外に出てみようか?」
「え?」
「外の空気を吸えば、少しは気分も晴れるかも知れない」

 微笑んだ彰を見て、何度か環那は瞬きをした。この病室の外へと出ることが出来るだなんて思ってもいなかったからだ。

 その後、彰に連れられて廊下へと出て、環那は絶句した。
 全裸で首輪を漬けられ、四つん這いで歩く入院患者達が何人かいたからだ。鞭をふるっている白衣の主も何人もいた。背中に触れられ、歩くように促される。しかし全身が強張り、周囲の光景に視線が捕らわれる。他の病室の中も見えた。目隠しをされて木馬に座らされている患者もいれば、複数の調教医師に輪姦されている患者もいた。

 いつか自分もあのような行為を迫られるのだろうか。怯えた環那は、気づけば彰の横顔を見上げていた。彰はただやはり静かに笑っているだけだ。しかし視線に気づくと、苦笑するような顔になって、撫でるように二度環那の頭を叩いた。

「安心していいからな」

 何をどう安心すればいいのか、環那には分からなかった。
 それから廊下を抜け、エレベーターの前で、二人立ち止まる。
 すると静かに彰が環那を見た。珍しくその表情からは、笑みが消えていた。すっと目を細めて、嘆息している。

「依頼主は、様々だからな」
「どういう意味?」
「自分の愛おしい相手を開発して欲しいと願う者もいれば、今後金を稼がせるために調教を依頼する者もいる。他にも、嫌いな相手をわざとここに入院させる人間だっている」
「嫌いな相手を?」
「例えば、そうだな、復讐したいと思った相手を」

 彰がそう口にした時、エレベーターが到着した。
 連れて行かれたのは、二階の屋上庭園だった。周囲には鉄柵があったし逃げることなど出来ない病棟だったが、十分にそこは”外”だと思えた。空がどこまでも広がっていて、今日はちらほらと雲がある。陽光が、その輪郭を浮かび上がらせていた。

「ずっと昼間だったらいいのに」

 思わず呟いてから環那は、はっとして息を飲んだ。反射的に彰を見る。すると彰は、短く吐息し、そこに笑みをのせていた。

「因果なものだな。俺もそう思うよ」

 ――そう思うよ?
 その一言に、環那は泣きそうになってしまった。本当は、宵の行為を彰も望んでなどおらず、二人でこのようにして穏やかに過ごしたいと、少しくらいは思ってくれているのではないのか。どうしてもそんな願望が、脳裏を駆けめぐっていく。

「睡眠時間が削られるのは辛いからね。お互い」

 だが続いた言葉に胸を締め付けられて、環那は唇を噛んだ。
 見れば彰は意地の悪い顔で笑っていた。

「そうだよな? 環那くんもそう思うよね?」
「まぁ……」

 頷くのが環那にとっては精一杯だった。やはり彰の側には特別な想いなど無いのだろうとはっきりと認識させられた瞬間だった。


 明星が瞬く刻限になり、次第に空が紺色に染まっていく。

「うン……あ……」

 三本の指を縦横無尽に内部で動かされ、環那は悶えた。とっくに躰は快楽に溺れ始めていて、今ではもう心から悦楽に浸りたいとさえ感じている。挿入されなければそれは叶わず、そうされるためには、自ら哀願しなければならないことは、入院時に聞いていた。彰の指使いに、そして肌に時折触れる吐息に、躰がじわりじわりと追いつめられていく。どこかで、彰が相手であるならば良いではないかだなんて考え始めていた。しかしそれを許せば、今後永遠に彰とだけ躰を繋げられると言うわけではない現実が待っている。依頼主である顧客に蹂躙される己の未来など、認められなかった。

「っ……ふァ……あ……」

 それから中で薬指を折り曲げられ、伸びた中指と人差し指で前立腺をこりこりと刺激される。全身が嘶き、意識が曖昧模糊としていく。

 霞がかった視界の先で、薄く笑っている彰を捉え、環那は抱きつきそうになった。快楽への不安と恐怖を沈めて欲しかった。だがそんなことは決して出来ない。だから今回も紡ぐのだ。

「嫌だ……嫌だ、止めろ……」

 自分でも分かっていた。もう疾うに、嫌ではなくなっていた。止めないで欲しいと思っていた。だが、言わずにはいられないのだ。どんなに認めがたくても、それが己の躰に起きた変化だった。薬のせいだと、言い切ってしまいたかった。

 なのにどこかでそれは違うと感じるのだ。相手が、彰だから。これは囚われているから、意識が自分の体の変化を正当化するために思わせる、幻想なのかも知れない。ただ、それでも良かった。

 本当に薬のせいだけならば、とっくに達したいと訴えていると思うのだ。だが今でははっきりと、相手が彰でなければ嫌だと考えている。彰が自身のことを何とも思っていないと悟った今となっては尚更だった。彰と接し続けるために必要なのは、自分が陥落しないこと、ただそれ以外にはない。

「ああっ……う……」

 なのに彰の指先は的確に、環那の感じる場所を刺激し続ける。今日の課題は、『いかせて欲しい』とお願いすることだ。とっくにそう感じていたが、なけなしの理性が声をとどめる。しかしどうしてもグチャグチャにかき混ぜて、ドロドロに熔かされたいと思ってしまうのだ。淫らに環那の躰が揺れていく。清艶な昼の顔とは一転し、現在少年の躰は快楽に染まり始めていた。昼と夜では空の表情が違うように、彰の態度が違うように、環那の躰もまた異なる。

「うあ、あ……ま、待って……待って、ねぇ!!」

 その時、感じる場所から逸れた場所を突かれた。不意に変わった刺激に、きつく目を伏せると眦から水滴が零れた。何度も首を振り、その度に髪が揺れる。だがそれまで与えられていた快感とは異なるもどかしい苦しみに、ただ喘ぐことしかできない。

「いやァ――……!! あ、あ、も、もう」

 だがいくら啼こうとも、彰は何も言わない。静かに笑っているだけなのだ。もう環那には余裕がなかった。どこにもそんなものが入り込む余地は無かった。だから気づけば声を上げていた。

「あ……お、お願いだから、いかせて」

 声が震えた。僅かに掠れた少年の声に、満足げに彰が目を伏せる。
 それから指を引き抜いた。与えられるはずだった快感が消え去ったことに、環那が目を見開く。欲しい刺激がもらえなかった。

「な、なんで……やだ、ねぇ、あ」

 思わず両手できつくシーツを握る。反り返った陰茎がピクピクと動いた。環那が震えていると、彰が手錠と同じ銀色の輪を取り出す。それを少年の中心に填めた。

「え……?」

 混乱して環那が起きあがろうとすると、彰が肩を強く押してそれを制した。少年の膝と膝の間に体を進めて、足を閉じられないようにする。そうしながら、初めて行為中の夜であるというのに、囁いた。

「今日はもう一つ課題があるんだ。『挿れて欲しい』と言ってごらん」
「!」

 環那は目を見開いた。そうされる事を、貫かれる事を、確かに躰が望んでいるのを理解していた。だがその望みを口にする事は躊躇われた。

「嫌、嫌だ……それだけは、嫌だ」
「環那くん、そろそろ時間が無いんだ」

 ――それは、何の時間?
 訊きたかったのに、怖くてどうしても訊けなかった。ただ耳元で囁かれると躰が歓喜し、のし掛かられた重みに、続きを期待していることだけを思い知らされる。指だけでこんなにも気持ちが良いのだ。彰に貫かれたら、どうなってしまうのだろう。想像するだけでも躰が熱くなる。

「んうっ」

 彰が舌で環那の首筋を舐めあげる。そのなま暖かい感触に、ビクリと躰が跳ねた。何度も舌は往復し、鎖骨を強く吸った後、彰は環那の耳の後ろを舐めた。そこにも強く吸い付く。

「ああっ、やっ」

 止めろと、言おうとして出来なかった。じわりじわりと広がっていく快楽に涙が止まらなくなる。片手がその時右の乳首をはじいた。左手は、ゆるゆると陰茎をなで始める。だが輪を填められているため、達することは出来なかった。なのにいつも以上に感じる場所を最適の強さで嬲られる。

「んあア……ンん……っ」

 そのまま朝まで嬲られ続けたが、結局環那は決して懇願しなかった。
 気が狂ってしまいそうになり何度も何度も泣き叫んだが、やはり彰以外に触られる未来など、考えたくもないと思ってしまっていたからだった。その日環那は、自分がいつ意識を失ったのかすら分からなかった。

 朝が訪れた時、いつもとは異なる状況におかれていた。
 布を口に噛まされていて息苦しいと思いながら、交差した状態の手首がベッドの上でパイプに固定されていた。輪はまだ陰茎にはまったままで、全身が熱に染まっていた。

「目が覚めたんだね。良かった。今日から薬が変わるから、丁度説明しようと思っていたんだ」
「ん、う、ンくッ」

 声が出せない。それでも必死に口を動かすと、涎が零れた。

「今から後ろに塗るからね。今日からは液体なんだ。それと――君が望むまで、もう環那くんの躰には触れないから。定期的に状態を見に来るから、いきたくなったら教えてね」
「っン」

 言いながら彰は、ローションのような液体を纏った指を二本、環那の中に押し込んだ。
 指が進むたびに、液体が触れた内部の箇所が全て熱くなっていく。

「んぅ、う、うン!!」

 その刺激だけで、中だけで環那は果てたように錯覚した。せき止められている前からは何も出なかったが、全身を電流のように何かが駆けめぐったのだ。視界が真っ白になり、酸素が喉で凍り付いた。ドライオルガズムを初めて環那が知った瞬間だった。

「これはね、今まで使ったものとはレベルが違う媚薬なんだよ。早く首を縦に振らないと、君の気が狂ってしまうかも知れない。そんな環那くんは見たくないな」

 いつもの通りの様子で苦笑して見せた優しい顔の彰は、それから指を引き抜くと歩き去った。それがどうしようもなく辛かった。

「ン――!!」

 何度も布を噛みながら、環那は泣いた。
 彰が見回りにやってきたのは、それから三時間後のことだった。

「ん、んン――!!」

 ぬめる媚薬を手に取り、環那の前を弄り、鈴口を刺激しながら、彰が意地悪く笑った。それは夜の表情だった。今は昼間のはずなのに、優しい彰の顔ではなかった。

「挿れて欲しい?」

 その言葉に、慌てて首を振る。

「そう、残念だね」
「ん――!!」

 ひとしきり環那の陰茎を弄んだ後、彰はあっさりと帰っていった。
 それが二度繰り返された頃には、環那の理性はなくなっていた。

「挿れて欲しい?」

 環那は無我夢中で頷いていた。もう、何も考えられなくなっていた。
 ただただ果てたかった。最早、達すること以外に望むことなど何もなかった。全身が熱く火照っている。すると口の布をほどかれる。虚ろな瞳で環那は彰を見上げた。

「ああっ、あ、あ」

 涎と涙をダラダラと零しながら、力の入らない腕を揺らした時、手錠も外された。

「ひぅ」

 すると彰の口が、環那の陰茎を飲み込んだ。

「や、やだ、ぁ、あ、あ、無理、あ」

 唇に力を込められ、絞り出すように根本から雁首までを扱かれる。
 亀頭の付け根を舌先で強く嬲られてから、今度は鈴口を舌で刺激された。ぱっくりと口を開けたそこからは、止めどなく蜜が零れている。

「挿れて、挿れ、あ、ああ、もう嫌だぁ……あ――!!」

 泣きじゃくった環那の髪を、口を離して微笑みながら彰が撫でる。
 少年の躰には強すぎる快楽に、もう環那は耐えられなかった。限界だったのだ。
 そこへ彰の巨大な楔が打ち込まれる。菊門を押し広げられ、ゆっくりと内部に尾を受け入れる感覚に、環那が目を見開いた。睫の上から涙が滴となってこぼれ落ちる。

「うンあ――!! あ!!」

 前立腺を巨大なもので突き上げられたのと同時に、前を拘束していた輪を外され、環那は白濁とした液を飛び散らせた。吐き出した精液が、彰の白衣を汚す。

「あ、あ、深っ……ン――!!」

 奥深くまで突き立てられる。そうして彰の動きが止まった。衝撃と僅かな痛みに、環那の背が撓る。しかしその傷みすら、快楽に変換されていた。これまでに知っているものとは異なる熱の暴力、質量。こんなに巨大で固く優しい熱の存在を、環那は知らなかった。玩具や指とは比べものにならない甘い疼きに、腰が震える。このままメチャメチャにして欲しいと願った。

「お願、っ、動いて……う……うああ」

 環那の願いに応えるように、ゆっくりと彰が動き始める。その刺激だけでも、二度ほど環那は達した。次第に吐き出される液は透明へと変わっていく。緩急を漬けて動かれ、徐々に彰の動きが速く激しく変わっていく。環那はただただ嬌声を放った。無我夢中で彰に抱きつき、自然と自分の体も動かしていた。

 そして彰が精を放った瞬間、その感触で同時に果てた時、これまでには知らなかった未知の快楽を知り、環那は目を見開いた。

「あ……」

 氷だった全身が、緩やかに熔かされていくような、なのにその芯を何かが満たしたような、不思議な感覚だった。汗が一気に噴き出してきて、寒いのに体が熱い。熱いのに、それは解放されていった。

 指先の一本一本にまで悦楽が走り、急速に力が抜けていく。
 それは”入院”してから初めての、本当の絶頂だった。
 以来行為は昼夜を問わなくなった。


 その分休む時分も不定期になったから、椅子にぼんやりと座り点滴を受けながら環那は空を見上げていた。入院してから星の瞬きをじっくりと見るのは、初めてのことだった。今日の空は灰色で、雲が月に照らされて輪郭を際だたせている。

 今となっては、彰のことを思うだけで体が熱くなってくる。それが尋常ではなく辛かった。ひとりでに涙が零れ始める。筋を作って頬を温水が流れていくのに、声は出なかった。ただ一人静かに環那は泣いていた。理不尽に作り替えられた躰に対する言い訳なんかじゃなく、毎日顔を見る彰のことが、もう――大好きになっているとこの頃には認めていた。行為が時間を問わなくなった分、最中にも会話を交わす日が増えた。可愛い綺麗だと言われてはいちいち歓喜し、淫乱と言われてはいちいち絶望する日々だった。

「どうして泣いてるのかな?」

 その時不意に後ろから抱きしめられて、環那は硬直した。気配なんて微塵もなかった。

「べ、別に……泣いてなんて……っ」

 言いかけた時涙を指でぬぐわれて、もう一方の手で顎を掴まれた。
 正面から顔を彰の方へと向かせられる。視線がかち合うと、彰が珍しく眉間に皺を寄せて、真剣な顔をした。そこにはいつも浮かんでいる笑みはなかった。

「辛い?」
「……辛くない奴なんているのか?」
「大概はすぐに快楽に身を任せるものだけどね」

 その言葉に俯こうとしたが、彰がそれを許しはしなかった。

「どうして環那くんは、感情のままに身を委ねないのかな? 気持ちいいだろう?」

 気持ちいいと、今では散々言わせられている。
 それが本心ではないとは、もう絶対に言い切れない。実際に気持ちが良いのだから。

「こんなケースは初めてだよ」

 そう言うと彰が、今度は両手で環那の両頬に触れた。顔を持ち上げ、じっくりとのぞき込む。低いその体温にすら、環那の躰は反応した。

「明日でね、環那くんの調教は完了するんだ」
「っ、あ……それは……」

 顧客に試供品として輪姦される日々が始まるという通告に等しかった。

「だから調教医師として接することが出来る時間は、後二十四時間もない」

 淡々と言った彰の表情には、相変わらず笑みはない。それがどうしようもなく環那には怖く思えた。

「君を買いたいと言う話がある」
「――え?」
「もしも買われることに承諾すれば、試供品としてではなくて、その特定の人間の相手をすることになる」

 思ってもいなかった声に、環那は瞠目した。そんな未来を思い描いたことはなかったからだ。この部屋での映像は、リアルタイムで配信されていたのだろうか? そんなことを考えながら、彰を見つめ返す。明日で最後。その言葉が脳裏を何度もグルグルと過ぎった。

「どうする?」
「それは……」

 環那は言葉に窮した。回答を今すぐにでも求められているのだと言うことは分かっていた。だが、彰と会えるのが最後だと思うと、他に言いたいことがあったのだ。

「その……おいておいてさ」
「ん?」
「あの……先生のことが……好きなんだ」

 別にどうせ会うことが無くなるのだから良いだろうと思い、苦笑しながら環那が告げた。

「だから、どっちでもいい。先生が相手じゃないんなら、なんでもいいよ」
「環那くん……」

 呟くように環那の名を呼んでから、彰が不意に少年の華奢な体躯を抱きすくめた。

「買いたいって思ってるのは、俺だよ」
「……え?」
「調教対象にこんな事を思うのは初めてで、正直困惑しているんだけどな」
「先生……?」
「もしも本当に俺のことが好きなら、明後日からは、俺だけのものになってくれないかな?」
「っ、あ、えっと……」
「いつからか、君に触れてるだけで、胸騒ぎが止まらなくなったんだ。キスをしても良いかな?」

 そう言った時には、彰は環那の唇を奪っていた。互いの柔らかな感触に、二人は貪り合う。舌と舌が絡み合い、角度を変えて息継ぎをしては、何度も何度も口づけをした。

「もう環那くんの寂しそうな顔を見たくないんだ」
「先生、本当?」
「勿論」

 それから再び腕に力を込め、彰が環那を抱き寄せた。その力強い感触に、環那は今度は嗚咽をあげて泣いた。どうしようもなく彰の体温を温かく感じた。




「このようにして、身も心も調教することが可能です」

 後日、淡々と彰は大勢の観客の前で発表していた。

『別にそれは、本心ではない。筋書き通りの発表をしただけだ。本心では――本心から、環那を愛している。ただし映像があるから、発表したし、環那と暮らすためにも発表せず仕事を失うことは出来なかったのだ』

 少なくとも、そう言うことにしてあるし、環那本人にもそう言い続けている。
 彰の本職は、ストックホルム症候群や洗脳の研究だったが、それを彼が環那に伝えることは別段無かった。少なくとも恋や愛などと言うものが存在するとはこれまで考えてこなかった彰にとっては、環那の存在は、少しばかりは印象的である。僅かにでも彰の心を動かすことが出来ただけでも環那はすごいのだろう。

 だが――彰にとってはやはり、”仕事”だった。

「勿論この”被験者”も売却可能です」

 そう告げて締めくくった後、始まったのはオークションだ。環那を落札したのは――……あるいは彰である未来もあるのかも知れないが、それは、未だ誰も知り得ない。


 ――それでも家で待つ環那はただ、彰の愛を信じて疑わないのだった。