このクソ忙しいのに消えて良いんですか?




「消えろ」

――苛立つ様に言った陛下。
書簡を持ったまま、僕は玉座の隣で硬直した。え? いいの?
建国記念日は、一ヶ月後に迫っている。僕はここのところ三時間睡眠だ。僕はそっと隣の机に書簡を置いた。やったあああああと内心歓喜していたが、表情にはそれを出さないように努める。陛下が僕を嫌いだろう事は分かっている。何せ陛下は仕事が大嫌いなのだ。そしてそんな陛下の元に仕事を運び続けているのは僕だ。僕は陛下に仕事をしてもらっ(させ)た後、寝る間も惜しんで自分の仕事もしているのである。そのせいで給料は貯まりに貯まり、使う暇すらない。こ・れ・は・!

「それでは下がらせて頂きます」
「ああ、二度と見たくない」

ひゃっほー! これってもう仕事を辞めても良いって事だよね? 僕、本当のことを言えば、ずっとやりたくなかったんだよね。僕はこんな事もあろうかと(常々期待していたため)、持参していた退職願を取り出した。

「それでは、これにて」

サッと封書を差し出し、僕は立ち上がった。
すると陛下が目を見開き、受け取って虚をつかれたように息を飲んだ。

「なんだこれは?」
「今日から、いえ、現時点をもって僕は、宰相職を辞任します」
「ちょっと待て」
「消えろと仰ったのは陛下です。この国では、陛下のお言葉は絶対です。あ、ご心配なさらないで下さい。引き継ぎはいつでも出来るように資料を作成してあります」

僕はこれぞうきうき気分という奴かと実感しながら、るんるん気分と言う奴で、玉座の間を去ろうとした。ずっとこんな日が来ないかなと僕は待ち望んでいたのだ。
元々宰相になんてなったのが間違いだったのだ。きっかけは陛下の顔面に一目惚れしたことだった。少しでもおそばに、と思って、必死で勉強し、難関試験を勝ち抜いて、前任者に気に入られる努力もした。そして見事宰相になったのが三年前。僕が二十三歳の時である。陛下はその時、二十七歳だった。陛下は今年三十路であるが、女っ気も男っ気もない。だからお見合い計画まで僕がたてなきゃならない。その上、陛下は仕事も大嫌いだ。いつも僕が持って行かない限り、仕事をしてくれない。僕がつきっきりで手伝わないとやってくれない。やはり人は顔ではないのだな!

「それでは失礼致します」

これから僕は、ベルガモット伯爵領地でまったり過ごすのだ。タイム・ベルガモット辺境伯。それが元々の僕の出自である。なかなか食物が育たない土地だから、宮廷に言葉は悪いが出稼ぎに来ていて陛下に一目惚れしたのだ。しかしたまりに溜まったこの給料を使えば、観光客を呼べそうな施設を作ったり、目玉となるような工芸品に力を入れたり、その支店を全国展開したりするには十分すぎるだろう。宰相の一ヶ月の給料は、僕の土地の年間予算よりも0が三つは多かった。

「だからちょっと待てと言っているだろうが」
「僕は帰って、ゆるきゃら記念館をつくるので無理です!」
「俺の言葉は絶対なんじゃなかったのか?」
「宮廷で働いている分には、です。では! メルクリウス陛下! 応援してます!」
「受理した覚えはないぞ」
「え」

響いてきた声に僕は泣きそうになった。やっと、やっとやっとやっとこの苦行から解放されると思ったのに……!

「タイム……お前まさかと思うが、俺のもとにいるのが嫌なんじゃないだろうな?」
「はい……魔王城の方がまだ待遇が良さそうだと思ってます……」

あ。まずい、つい本音が出てしまった。
その上本心から悲しかったため崩れてしまった表情をただす。僕は基本的には、陛下愛がバレないように無表情を保っていたのだ。メルクリウス・ジルヴァード国王陛下はといえばいつも通り険しい顔をしている。周囲に冷気が満ちていて、なにごとかというように侍従達も動きを止めていた。

「い、いえ、その……メル様のおそばでお仕えできるのは我が身には余る誉ですが」
「俺の何が駄目なんだ?」

そんな物数え上げればきりがない。

「猫を拾ってきたと言っては育てられないと言って僕に押しつけたり、花の世話が面倒だと言っては生花や鉢植えを僕に三日に一度は押しつけてきたり、一人じゃご飯を食べるのが寂しいからと言って無理矢理超高級店に僕を連れて行ったり、小国の国家予算に匹敵するダイヤの指輪を衝動買いしたあげく、趣味じゃないと言って僕に押しつけたり、クリスマスには無理矢理プレゼントを寄越せと要求してきたり、子供ですか、それにほらヴァレンタインには誰にももらえないと寂しいからですよねあれ、僕に手作りでチョコレートを作らせたり。サンジョルディの日には大量の本と赤い薔薇を自分で買ってきたくせに邪魔だからと言って僕の家においていったり。僕が見合いを勧めると、愛している人がいるから無理だって言ったあげくそれは僕だとか言ってからかって遊ぶし」

うん。本当にきりがないよ。
僕の言葉を苦々しい顔で聞いていた陛下はと言えば、深々と溜息をついて僕を睨んだ。
睨まれたって事実なんだから仕方がないではないか。

なおこの世界には魔王が存在する。
隣国が討伐のために、度々異世界ニホンという所から勇者を召喚するため、チキュウ由来の行事が、この大陸には根付いているのだ。クリスマスや、ヴァレンタイン、サンジョルディの日などである。恋人同士の日という物が多いらしいのは、大抵勇者は魔王の恋人になるからだ。勇者というか生贄である。まぁ当人同士が幸せならば良いのだろう。

「全面的に、タイムが悪い」
「え?」
「俺が本当に猫を拾うと思うのか? しかもあんなに高級な野良猫がいるか?」
「?」

メル陛下は一体何を言いたいのだろうか。野良猫の種類など様々だろうが。本当、この人はちょっと馬鹿だ。

「俺が猫を送ったのは、タイムが前に猫のことが好きだと言っていたからだ。毎日のように花を贈るのは、俺の愛を花で表現したかったからだ。食事だってお前と食べて、普段無表情のお前が美味しそうな顔をするところを見るのが好きだからだ。指輪を贈ったのは……変な虫が付かないようにと言う願いと、婚約したかったからだ。クリスマスもヴァレンタインも好きな相手から物を欲しがって何が悪い。渡す時は全部照れたけどな。って、気づかない上に全部裏目か! 俺は好きだって散々言っただろう。見合いだってお前がいるのにしたくはないだろうが!」

早口で言われた物だから、僕は困惑した。一体これはどういう意味だ? これじゃあ、まるで……いや、まさかな。確認してみよう。

「メル陛下。陛下は僕のことが、その、まさか、いや、うん、え?」
「好きだ」
「色仕掛けをされたって、僕の退任の決意は変わりません!」
「違う。お前は頭が悪いんだな」
「陛下。僕は難関試験を勝ち抜いてこの若さでここまで上り詰めたんです。陛下が同じ試験を受けたって一次試験で撤退ですよ!」
「そう言う意味じゃない」

陛下の叫びに呼応するように、窓の外で雷が落ちた。ドゴオオオオンと鳴って、ちょっと怖かった。そういえば今日は夏至か。昨日までだったらまた日が長くなるのかと憂鬱だったが、今日からは仕事をしなくて良いのだから、日が長い方が良い。
それにしてもむせかえる様な夏の匂いが、玉座の間にまで入り込んできている。

「ちょっと来い」
「御意」

言われて反射的に僕は頷いてしまった。なんと言うことだ。長年の習慣って怖いな。
すると、ガチャリと音がした。え。
なんとどこから取り出したのか、陛下が僕の左手首に手錠を填めていた。ギュッと圧迫されて痛い。長い鎖がついていて、その伸びた先は陛下の右手にはまっていた。
僕はこの手錠を知っている。
この国では、結婚式の前夜、不貞がない証明として、花嫁の左手首に花婿が手錠を填めるのだ。そして己の潔白も示すために右手に填めて、一緒に眠るのだ。
魔王と勇者が同性だった歴史があり、この大陸では同性愛も比較的容認されてはいるのだが、王族が正妃を同性にした例はない。そしてこの儀式は側妃との間では行われない。というか、だ。そもそも僕と陛下との間で行われる意味が分からない。

「陛下。恐れ多くもこれは神聖な品です。持ち歩かないで下さい」
「いつ填めても良いように俺は常に携帯していたんだよ。チ、結構良い感じに関係が進んでいると思っていたらこれか」

陛下が舌打ちした。伝説級の代物を携帯しているのは、家臣として諫めなければならない。しかしそう言う問題じゃない。

「兎に角外して下さい。僕は実家に帰るので」
「それはせめて夫婦になった後の台詞にしてくれ」
「何のお話しですか? こんな物なくとも、僕は、自分の意志で帰ります」
「そうか。王家に伝わる秘宝を破壊して帰ると言うつもりなんだな?」
「う」

そ、そんなこと出来るわけがないではないか。まず弁償しようにも、そんなお金はないし、この手錠に詰まった歴史はお金では買えないのだ。

「なるほどなるほど。引き継ぎ準備はばっちりなんだな。これまでお前が多忙な宰相だと言うことで一歩引いてきたが、もうその必要はないわけだな」
「え、あ」

ひいてきた? なにが? どこが? 確かに仕事には消極的だったな!

「良いだろう。宰相を辞任する件は承知した。でもな、代わりにこれからはさらなる大役を命ずる」
「え?」
「建国記念日の式典にあわせて、正妃との婚約式典の開催も各国に通達する」
「は?」
「そうだった、そうだったな。この国は基本的には絶対王政だからな。いいかタイム。お前に拒否権があると思うな」
「嫌です! 無理です!」
「俺に生理的嫌悪でもあるのか?」
「それはないですけど……本当、黙って仕事してればちょっと目を惹くいい男だと思ってます。でも後三日しかないのに、さらにそんな式典が加わったら大変です。大体今からどうやって相手を調達するんですか!」
「相手はもう調達済みだろうが。手錠を填めてるんだからな」

そう言うと陛下が鎖を引っ張った。僕は転ぶ形になり、陛下に抱き留められた。
思ったよりも厚い胸板に抱き留められて、思わずドキリとした。そうなのである。多忙すぎて忘れていたが、僕は陛下に一目惚れしていたのだ。しかし一目惚れと恋は違う。僕はもっと、『お前のために用意したんだ。可愛いだろうこの猫』だとか『お前に似合うと思って買ってきたんだ、綺麗な花だろう』だとか『お前と共にするこの一時は何倍も食事を美味しくさせるな』だとか『お前の方がこの指輪よりも美しい』だとか『どうしてもお前から貰いたかったんだ、プレゼントを』だとか『お前の作ったチョコレートだと思うと何よりも甘い』だとか『知的なお前に本はよく似合うが、薔薇はさらに似合うな』だとか言われたかった(全部受け身目線だが換言してみた)。結果は確かに陛下が言うとおり同じだ。僕の受け取り方は全然違ったけどな!

「今夜からは同じ寝室で眠れ」
「この仕事量で眠る暇何かあると思ってるんですか? もう僕には関係ないけど!」
「この程度、俺が本気を出せば一日で終わる。そこで見ていろ」
「え」

断言した陛下は、まずは僕が持ってきた書簡を手に取った。そして高速で捲り捺印していく。それから僕の部下達に命じて、三日分の仕事を全て持ってこさせた。残っているのは予行式くらい――そうなったのは、本当に陛下の宣言通り、その日の内のことだった。ちょっと待て。何でこんなに仕事が出来るのだ。今までの怠惰っぷりはなんだったというのだ。僕の睡眠時間を返せ! 怒りに震えつつも、僕は尊敬せずにはいられなかった。流石は陛下だ……。
困ったのはトイレだけだった。必ず連れションしなければならなかったのが切なかった……。食事は、本日は試食会だったのだが、なんと隣り合わせで食べた。すると周囲の人々に言われた。

「ようやく両思いに!」
「いつ宰相閣下が、素直になられるのか皆で影ながら応援していたんですよ」
「陛下の猛アタックすごかったですからね」
「実に見目麗しくお似合いのお二人だと思います」
「同性同士で正妃! まさしく歴史に残る純愛ですね!」
「宰相閣下――失礼、次期正妃様は陛下のどこに惹かれたのですか?」
「出会いは?」
「そう言えば陛下はいつから閣下のことが好きだったんですか?」

僕はただひたすら頬を引きつらせた。そう。結果だけ見れば、そうなのだ。
これは俗に言う両思いだ。陛下がここに来てまで僕を陥れようと何か画策しているのでない限りは、な。だが断じて僕は素直になったつもりはない。未だ一言も、陛下の顔面に対する愛を口にしたことはないのだ。しかも嫌味まで言われた。見目麗しくお似合いの二人って……僕の見た目は、そんなに良いとは思えない。なにせ、仕事で疲れて、お風呂も適当だし目の下には多分クマもあるし、我ながら窶れていると思う。
まぁたしかに歴史には残るだろうな……男で正妃って……。しかし純愛成分無かったぞ。これから出てくるのか? 無添加なんじゃなかろうか。愛、無添加!
惹かれた所があるとすれば、断言して顔だ。顔以外の返答が思いつかない。
僕がそんなことを考えていると、陛下が悠然と微笑んだ。

「出会いは、宰相就任式だ。初めてあって、一目で恋に堕ちた。それまで男にはいっさい興味がなかったんだけどな、目が離せなくなった。氷の様な無表情を見ていると、笑顔が見たくなった。それからだ。どうすれば喜んでくれるのかと考える様になったのは」

仕事だよ、仕事! 陛下が今日の仕事っぷりを毎日披露してくれていたら、きっと僕は常に満面の笑みだ。それにしても……一目で恋に? それを聞いた瞬間、我ながら馬鹿みたいに頬が熱くなってしまった。お互いに一目惚れってなんだか運命みたいで素敵だ。僕はロマンティストである。書棚は、陛下におしつけられた本以外は、全部恋愛小説で埋まっている。ブックカバーは全部仕事の実用書に付け替えてあるけどな。

「そうだ。俺は、出会った時からタイムのことを愛してしまったんだ」

陛下の麗しい声で、甘い台詞が響いてきた。これは照れるなと言う方が無理だ。その気になってくる。僕は誤魔化すように、ワインを一気に飲み干した。――それが悪かった。



「ん……」

気づくと僕は、これまでの人生で寝たことがないほど豪奢な寝台の上に下ろされたところだった。え。ハッとして我に返り半身を起こす。そうだ僕は弱いくせにお酒を一気飲みしてしまったのだ。冷静に現状理解に努めようとした時、そんな僕を陛下が押し倒した。後頭部がふかふかの枕に激突した。痛くはないが、その衝撃に驚かずにはいられない。

「へ、陛下……? こ、ここは?」
「俺の寝室だ」
「ど、どうして僕がここに?」
「酔いつぶれたのはお前だろうが」
「あ、そ、その、申し訳ありません――……退いて頂いても?」
「どうして?」
「どうしてって……」

呆然として呟いた時、するりと首元のリボンをほどかれた。お酒のせいなのか、それとも大好きな顔面が目の前にあるからなのかは分からないが、心臓がドクンドクンと煩い。
そのまま唖然としている内にシャツのボタンも外された。そしてひんやりとした手が、僕の胸に触れた。

「あの……僕、帰ります」
「実家にか?」
「いや、えっと、とりあえず、自分の部屋に」
「今日からはここがお前の部屋なんだから、もう帰宅済みだな」

なんという理論だ。僕の部屋が勝手に陛下の寝室になっているなんておかしいではないか。

「宰相執務室は当然仮眠室も含めて、今のお前の物じゃないからな。辞任したんだろう?」
「くっ」

確かにそれはそうだ。陛下、案外悪知恵も働くのか。知らなかったぞ。単純に馬鹿だとしか思ってこなかった。その事が悔やまれる。

「ァ……」

その時、下衣の中に手が忍び込んできた。直接的に陰茎を触られた瞬間、思わず声を上げそうになったから噛み殺す。あわてて両手で陛下の体を押し返そうとして、僕は硬直した。鎖の間隔が短くなっている。だからごくごく近い場所にある陛下の体を押し返せない。その上、それを見越したかの様に左手を恋人同士の様に繋がれて、寝台に縫いつけられる。自由になるのは右手のみとなった僕は迷った。膝で陛下の急所を攻撃してしまおうか。だが実行前に、立てた状態だった膝の間に陛下の体が入ってきた。これでは太股すら閉じられない。乳頭を指先で擦られたのはその時だった。

「や、やめ……ン……っ」
「ずっとこうしたかったんだ。止めろと言われて止める奴がいるのか?」
「ああっ」

首筋に強く吸い付かれて、僕は目を見開いた。鈍い痛みがして、痕をつけられたのだろうと分かる。急展開すぎる。たったの一日で何がどうしてこうなった!

「陛下……ひっ、うあ」

抗議しようと声を上げようとしたら、今度は、少し速度を速めて陰茎を擦られた。
なんと言うことだ。気持ちが良い。その現実に、僕は真っ赤になった自信がある。

「あ、あ、あ」

その上仕事三昧で、こんな事長らくしていなかったため、もう出してしまいそうになった。
羞恥で泣きそうになってきた。潤む視界で、陛下を見る。涙で滲んで見える陛下の顔には、意地の悪い笑みが浮かんでいた。

「無表情のお前の、そう言う蕩けきった顔がずっと見たかったんだよ」
「っ、あ……ひッ、や、やだ、やめ、出る、うああ」

雁首を刺激されて、僕は震えた。あ、駄目だ。ゾクゾクと全身を快楽が這い上がってくる。中心が解放を求めて、集まった熱に腰が震えた。しかし――……

「え……? あ……」

陛下の手が止まった。後少しで果てそうだった僕は、肩を震わせ唇を噛む。
そんな僕の下衣を脱がせて陛下が、唇で弧を描いた。

「ぅン」

そして舌で、線に沿って舐めてきた。あ、今度こそ出る。そう思った時、根本をギュッと握られた。その衝撃に、僕の肩が揺れた。

「え、あ……陛下、嫌だ、離し――」
「まだ早いだろ」
「嘘、あっッ……うあああ」

そのままイくのを阻止された状態で、ねっとりと何度も何度も舐めあげられた。
ビクビクと体が震えてしまう。
限界まで陰茎が反り返るのに、そう時間は要しなかった。先走りの液を陛下が舐め取った時、僕は本気で泣いた。

「も、もう……陛下、止めっ……」
「もっと泣けよ」
「ああっ、う、あ」

陛下が僕の乳首を噛んだ。そんなところで感じるだなんて、僕はこれまでの人生で全く知らなかった。だがゾクリと中心の熱と胸への刺激が直結して、もどかしさに襲われる。大きく声を上げそうになったから、かろうじて自由になる右手で口を塞いだ。
片手で下を弄られ、口ではチロチロと胸を嬲られて、もう僕は限界だった。
結局決定的な刺激は与えられず、僕が身悶えた時、陛下が寝台の側の机から香油の瓶を手に取った。口で器用に蓋を開けた陛下は、指にそれを絡めていく。ぬるりとした液が陛下の骨張った端正な指を濡らす様は、扇情的だった。

「!」

しかしぼけっと感想を考えている場合ではなかった。いきなり陛下の指が二本、僕の後孔へと入ってきたからだった。

「痛くないだろう?」
「あ、ああっ」
「弛緩作用と、微量だけどな催淫作用がある。すぐに良くなる」
「あ、ハ……っっっ、ン」

朧気に陛下の声を聞きながら、僕はきつく目を閉じた。涙が目尻から零れた。
――ぐちゃぐちゃと音が響いてくる。その度に、指で触れられた箇所が熱くなっていく。塗り込めるようにされると、最初は冷たかった香油がすぐに体温と同化した。寧ろ本当に熱くなってきた。夏の暑さとは異なる、体の芯からわきあがってくるような熱だ。その内に、中がどうしようもなく熱いのだと気づかされた。

「ああああっ、ァあ!! 陛下、陛下、うあ、ア、何これっ!!」
「存分に乱れろよ」
「ひッ!!」

内部のある点を刺激された瞬間、全身の力が抜けた。視界が白く染まる。

「あ、あっ……や、やだ、あ、嘘だろ……あ、あ、あああ出るっ」
「後ろを弄られて?」
「嫌だ、あ、嘘だ、あ、アアアアアア……!」

そのまま僕は呆気なく放った。荒い呼吸を必死で落ち着けようとするのだが上手くいかない。どころかみつけだしたその場所を、意地悪く陛下が二本の指をそろえて刺激し始めた。そこを刺激されただけで、背筋に沿って快楽が這い上がってくる。涙が止まらなくなるほどに気持ちが良い。自分の体が自分のものではなくなったようで恐ろしくなる。

「挿れるぞ」
「あ、ハ……っ……」
「本当に弱い効果しかないんだ。お前、快楽に弱いんだな」
「ち、違……――うあああッ!!」

一気に貫かれて、曖昧だった思考がはっきりとした。見知らぬ強い衝撃に、目を見開く。酸素が喉で凍り付いてしまったようになり、苦しい。ぬちゃりと結合部分が音を立てる。ゆっくりと進んできた巨大な質量に、僕は震えた。熱い。熱かった。全部は入りきった時、僕は自由な右手でギュッとシーツを掴み、その衝撃を堪えていた。左手は相変わらず、手で繋がれている。

「好きだぞ」

耳元で囁かれて、ゾクリとした。その吐息にだけでも感じてしまう僕がいた。
それから陛下が緩慢に抽挿を始めた。限界まで引き抜かれては、奥深くまで貫かれる。

「あああああ」

特に中を深く抉られるともう駄目だった。快楽で身をよじるのだが、今では完全に僕の上にのしかかっている陛下の重みで、それは上手くいかない。その内に――……ああ、わけがわからなくなっていく。

「やだ、嫌だ陛下、も、もっと、あ、あああ」
「もっとなんだ?」
「う、動いてッ、あ、あ」

もどかしすぎる動きに自然と僕の腰は震えた。ぐちゃぐちゃに掻き混ぜて欲しいと、その時僕は自分の体が願っていることを自覚させられた。なのに嗚咽を零しながら、陛下に懇願するしかできない。

「やだっ、あ、ああっ、もっとッ」

しかし僕の言葉に反して、陛下は完全に動きを止めた。そして指先で僕の涙をぬぐう。
それから再び首筋にキスをしてから、今度は舌で舐められた。ぞくぞくとその刺激だけでも、辛くなる。

「いや、いや、あ、だ、だめ」

ゾクリと再び快楽が這い上がってくる。ただ繋がっているだけだというのに、再び体の中心が熱を持つ。陛下の腹部に僕の陰茎が当たっているのが分かる。ああ、このままでは、また……っ、気が狂うほどに気持ちが良いけれど、今度は穏やかすぎてもどかしすぎて怖い。

「だめ、だめだ、あ、ああああ、ま、また、ッ、嘘」
「どうされたい?」
「やぁっ、動いて」
「どうしようかな」
「な」
「俺が本気で動いたら、お前、明日の予行式に出られなくなるぞ」
「!」

こんな時にばかり仕事のことを考えなくても良いじゃないかと悔しくなった。普段そう言うことは考えて欲しい。しかし僅かに冷静になった僕は、息を飲んで首を振った。

「や、やっぱり、だ、駄目です、動かないで下さい」
「俺、抵抗された方が燃えるんだよな」
「うああああああああああああああ」

直後激しく律動されて、僕の理性はなくなった。ただひたすら喘ぎながら泣いた。気持ちよさから来る涙だ。僕の最も感じる場所を何度も強く突き上げられて、その度に視界が白く染まる。片方の太股を持ち上げられて、角度を変えては斜めに突き上げられる。そうされるとダイレクトに感じる場所にあたり、意識がぐらついた。とっくに腰の感覚なんかなくなった。舌を出して息をしながら、気づけば僕は、震える手で陛下にしがみついていた。

「俺はな、もっと穏やかな恋愛を望んでいたんだぞ」

僕だってそうだ。だから、こんな風に急に快楽に飲み尽くされても困るのだ。

「だからガラでもないのに花なんて贈ったんだ。やっぱりするもんじゃないな。お前が俺から離れると言った時、もう俺はどうでもよくなったぞ。お前が側にいなくなるくらいなら、無理にでも側にいさせる」
「ああっ、う、あ」
「聞いているのか?」
「消えろって言ったのは陛下だ……や、あっ、うあ、ああ」
「仕事を持って自室へ消えろって意味だ馬鹿。勿論すぐに戻ってこいと言う意」
「なんで、なんで、なんで、あああああ、やあああ、もっと!!」
「動きながら話すとお前喘ぐだけだろ」

再び意地悪く動きを止められた。そして腰を撫でられて、僕は震えた。焦らすような手つきで、何度も撫でられる。

「やぁああああ、や、や、も、もうア」
「ただな、お前がどうしても嫌だって言うんなら、正妃にならなくても良いぞ。今すぐ俺はお前の体を解放して放置して寝る。イきたいんだろ? なら、正妃になると誓えよ」
「あ、あ、な、なるからっ、うああああ」

僕はもう限界で、泣きながら頼んだ。自分が何を言っているのかは、それでもよく分かっていた。僕は快楽に飲まれていたけれど……なんとなく、陛下の言葉を聞いていて、陛下はきちんと僕のことを好きでいてくれているような気がしたのだ。僕はまだ陛下の顔面しか好きじゃないけど。特にこんな風に意地悪にされる性行為は気持ちいいけれど、あんまり好きにはなれないかも知れないけれど。

ただ。

僕だって元々陛下の側にいたかったのだ。やっぱり振り返ってみるとその思いは未だにある。僕は実家で悠々自適に暮らしたいのと同じくらいには、陛下の側にいたい。

「その言葉、撤回させないからな」

必死で何度も頷くと、陛下が一際強く僕の中を暴いた。瞬間僕は果てた。
汗ばんだ体をぐったりとシーツの水面に預ける。
すると陛下が腰を引いた。同時に白液が音を立てた気がする。僕は虚ろな視線で陛下をぼんやりと見上げた。そこには苦笑する様な顔があった。

「ずっと言おうと思っていたんだけどな」
「……なんですか?」

僕の声は掠れていた。ただなんだか、奇妙な満足感があった。



「愛してる」