雨を降らせるロボット





僕のお仕事は、雨を降らせることだ。

雨が降らなくなった砂の国。その一角に温室がある。僕はそこに住んでいる。
植物に囲まれた白い室内で、僕はいつも真っ白なシーツが敷かれた寝台に座っているんだ。
元々僕は、科学大国サルビアからやってきた。
本来であれば雨季があるこの砂の王国サラサに、一滴も雨が降らなくなってしまったのは十年前のことだと聞いている。

まぁやってきたとは言っても、僕はこの温室で初めて起動されたから、他の景色を知らないんだけどね。

降雨専用機P-07c6h、それが僕だ。

「ナナ、今週は日曜日に雨だと決まったよ」

ナナ、そう僕は呼ばれている。呼ぶのはもっぱら僕を起動させたアヅミ博士だ。
いつも黄緑色のハイネックの上に、長い白衣を纏っている。
僕は人型で、脳と臓器以外は、ほぼ生体に近い。生理機能もある。だから僕は涙をよく流す。見学に訪れる科学者の人たちは、僕を人間そっくりだねと言う。僕も、人間とロボットの違いがいまいち分からない。それくらい科学国の技術は、進んでいるのだ。

「先週は月曜日だったよね、博士」
「そうだね。もう雨季と乾季の意味をこの国ではなさない降雨量だよ。ナナのおかげで四季が生まれて温暖な気候が約束されたんだ。本当に君は素晴らしいよ」

アヅミ博士に褒められると、僕の頬は熱くなる。僕は、きっと良いことをしているんだと思うんだ。みんなのためになることをしてるんだ。僕はこの温室の中にずっといるから、外海がどんな風に代わったのかは分からないけど、それでも自分が誇らしい。みんなの役に立ちたい。そうしたらきっとみんな喜んでくれると思うんだ。そう考えれば僕は幸せだった。みんなの笑顔が見てみたい。

その時四時を知らせる時計の鐘が鳴った。

「そろそろ僕は行くね」
「博士、また明日!」

五時が博士の定時だから、四時になると博士は書類仕事などでこの部屋を後にするんだ。
僕は博士がこの部屋の外でもお仕事をしていると知っている。
だけどそれ以外のことは全然知らない。

パリンと音がしたのは、博士を見送って暫くしてからのことだった。

なんだろう?
そんなことは初めてだったから、僕は不安になった。
博士に何かあったのかな? 心配で押しつぶされそうになる。僕に毎日会いに来てくれるのは博士だけだ。もしかしたら、博士の他には誰もここにはいないのかも知れない。だとしたら、僕が今行かなければ、博士が仮に倒れでもしていたら他に助ける者はいないのだ。

だけど僕はこの温室から出ないようにと言われている。

少し迷ったけど、僕は博士の方が大切だったから、初めて温室から外に出る事にした。
勇気を振り絞り、寝台から降りて、重い半透明な扉を開ける。
通路を進んでいくと――実験室のような場所に出た。
息を殺して半分ほど空いた戸の隙間から中の様子を窺う。
試験管が割れていた。床に蛍光の黄色い液体が飛び散っている。

そこにも、温室にあるものとそっくりな寝台があった。

その上に、博士は座っていた。そして――呆然とするほど見目麗しい青年と深々と口づけをしていた。僕の真正面でかわされているキスに、概念だけは知っていた僕は目を瞠った。
青年、十代半ばの見た目に設計されている僕を基準にすれば、二十代前半だろう彼がロボットであることは、すぐに分かった。勿論見た目からは分からない。だけど、ロボットの主食である甘いオイルの匂いがしていたからだ。呆然と見ていると、青年が僕を見た。視線がかち合い硬直する。すると流し目で笑われた。目をつぶっている博士には気づいた様子はない。僕は、見ては行けない者を見てしまった気がした。

だから慌てて温室へと引き返し、寝台へと座った。そしてぼんやりと時計を見ていた。

夜は、誰もこの温室の電気をつけない。
一人で体育座りをしながら、僕は膝を抱えていた。
あれは、恋人同士がすることだという知識が、僕にはインストールされている。

温室の電気がついたのは、その日の零時を回った頃のことだった。
そんなことも初めてだったから、驚いた。
反射的に入り口を見れば、そこには先ほどの青年ロボットが立っていた。

「のぞき、か。あんまり趣味は良くねぇな」
「あ……」
「お前が、気象兵器?」
「え?」
「ナナだろ?」
「う、うん」

きしょうへいき、とは何だろう? 僕にはその知識はなかった。
だけど青年ロボットは僕のことを知っているみたいだ。

「あなたは誰?」
「俺はアヅミのセクサロイドだよ。タカセだ」

せくさろいど? それも僕は知らない。だからただ首を傾げていると、タカセと名乗った青年ロボットが、歩み寄ってきた。

「お前が引き起こす洪水のおかげで、もうすぐこの国は、科学国の手に落ちる」
「え……?」

洪水……? それは僕だって概念として知っていた。だけど僕は、砂の王国に雨を降らせて、みんなを助けているだけだ。洪水なんて引き起こしたことはない。大体洪水なんか起きたら、みんな死んでしまうではないか。僕はそんなのは嫌だ。
困惑していると、タカセが吹き出すように笑った。

「アヅミは、常日頃言ってるぞ。お前を早く廃棄処分にして、凱旋帰国したいってな」
「そ、そんなの嘘だよ。だって博士はいつも僕に優しいよ」
「そういう仕事なんだよ。俺は、アヅミの”恋人”だからここまで連れてこられた。俺もいい加減サルビアに帰りたい」
「恋人……」
「俺はアヅミを愛するように設計されているんだ」
「セクサロイドって恋人のことなの?」
「――知らないのか?」
「うん」
「アヅミを抱く。お前が雨を降らせるのが任務だとすれば、アヅミを抱くことが俺の仕事だ。優しく甘くドロドロに、いつだってあいつの望むとおりに俺は動く。肉体的接触――ようするにSEXするロボットだ。性処理用途の存在っていえばわかるか?」

わからなかった。僕の知識では、それは愛する恋人とするもので、人間同士の間で生まれるものだと据付されているからだ。ロボットと人間の恋なんて概念は存在しない。だから半信半疑にならざるをえない。

「アヅミはゲイのネコなんだよ。それで俺を作った。俺は三十六時間以上抜かなければ軌道停止する。死ぬんだよ。アヅミは人型セクサロイド開発の技術者だったんだよ、元々。それでお前も人型なんだ。降水方法もアツいらしいな」

何を言われているのか、さっぱり僕は分からなかった。タカセの言葉は難しい。

「捌くにただ一人派遣されてアヅミが寂しいんだろうとは思うけどな。同じ機会として忠告してやるよ。お前は身の振り方を考えておいた方が良い」

タカセはそれだけ言うと、温室から出て行った。
僕は朝が来るまで、ただ静かに彼の言葉を考えていたのだった。

翌朝。
僕は、昨日のことは忘れることにした。だって、だってだ。

「おはよう、ナナ」

柔和な笑顔で、博士が僕を抱きしめてくれたからだ。それだけで心がポカポカとしてくる。

「今日も、砂の国のために頑張ろうね」
「はい!」

僕は、博士を信じる。僕は、良いことをしてるんだ。みんなのためになることを。
僕はいつもの通りに上着を脱いだ。博士が寝台の上に乗り、僕の背後に回る。
それから下衣を降ろした。M自に開脚されて拘束された太股ががひんやりとした冷気に触れる。

「あっ」

博士はいつもの通り、後ろから僕の乳首を摘んだ。
僕が雨を降らせる方法は一つだ。胸への刺激で、射精すること。それは酷く長くもどかしい時間の到来を告げるけど、これを我慢すれば、外には雨が降るのだ。僕は起動されてから一度も、性器に触れられたことはない。乳頭を軽く擦られると背が撓った。僕が唯一感じることを許された場所、それが胸の双丘だ。時折検査で、後穴の中へとプラグを差し込まれることもあるけれど、陰茎と呼ばれる場所に触れられたことはない。そして僕自身は、決して自分の体を触っては行けないという規則をインストールされている。

「ン」

ギュッと摘まれて、鼻を抜けるような声が出た。
それから博士は両手の親指で、僕の乳首を擦り始めた。羽を撫でるような感覚に、じわりじわりと体が熱くなり始める。震えだしそうになり、必死で嬌声を押し殺す。ぞくぞくと這い上がってくる快楽が、僕は少しだけ怖い。指先で胸の飾りを転がされ、僕は生理的な涙が浮かんでくるのを感じた。本当に僕は泣き虫だと思う。ゆるゆると陰茎が頭を擡げ始める。ここからが辛いのだ。腰にじわじわと熱が集まり始める。だけど、もどかしさばかりが募り、すぐに果てることは出来ない。

「ああっ……フ……んゥ」
「可愛いよ、ナナ」
「あ、あ、博士、僕、あ……あ、ハ」
「出したい?」
「うん、うん。も、もう……ふァ」
「まだ駄目だよ。君は胸でしかイっちゃ行けない。そうしないと雨が降らなくて、みんなが困るんだからね」
「……っ……」
「ちゃんとイけたら、今日もご褒美――……検査をしてあげるから。おもいっきり気持ち良くなれる」

僕は自分の太股を両手で掴み、必死に頷いた。博士は、度々検査のことをご褒美だという。
確かにプラグを挿れられると、僕は快楽に染め上げられて真っ白になってしまう。ただの義務的な検査なのに、快楽だなんて思う僕の体は、どこか壊れてしまっているのかも知れない。

「ああア、あ、ああっ……や、やぁ……ンぅ」

緩急つけて乳首を嬲られる。そのまま約一時間ほど、僕は胸を弄られた。もどかしい感覚に僕はむせび泣いた。だけど、これも、みんなのためだから。だから僕は、頑張らなきゃ駄目なんだと思う。雨が降らなければ、みんなが困ってしまうんだから。

それから一度、一際強くはじかれた時、僕は果てた。

飛び散った白液。僕はその光景を、虚ろな瞳で見ていた。目尻からは涙が伝った。
全身を脱力感が襲う。確かに、確かに気持ち良かった。だけど。
僕は首だけで博士に振り返った。
すると微笑した博士が、寝台から降りて、僕の正面へとまわった。

「さぁ、検査をしようか」

博士は、丸いプラグを手に取った。白い球体で、僕はそれが振動することを知っている。
口へとそれを含み濡らした博士は、それから僕の中へと球体を押し込んできた。
ゆっくりと進んでくる異物感。しかしそれは、すぐに僕の中のある一点に押し当てられた。

「あ!!」

それだけで声が漏れた。博士が笑ったのはその時だ。意地の悪い顔に見えた。いつもこの時だけ、博士はこういう目つきになる。振動が始まったのはその時だった。

「あああああああああああああああああ」

僕は絶叫せずにはいられなかった。全身がガクガクと震える。先ほど達したばかりだというのに、僕は勢いよく白液を飛び散らせた。口からは涎が零れ、目からは涙が流れた。グリグリと感じる場所に球体を押し当てられて、僕は思わず頭を振った。強すぎる快楽が辛いのだ。ガクガクと震える肩。僕は半ば無意識に、両腕で全身を抱いた。そのまま僕の意識は途切れた。次ぎに目が覚めた時には、服を着せられて、いつもの通り寝台に座っていた。時計が丁度四時の鐘を鳴らした。

「今日も頑張ったね、ナナ」
「博士……」
「次の雨の予定はまだ決まっていないから、ゆっくり休むんだよ」
「うん」

僕は、それからふとタカセのことを思い出した。

「ねぇ博士」
「ん?」
「僕はみんなの役に立ってるんだよね?」
「勿論だよ」
「砂漠の国の、みんなを幸せにしてるんだよね?」
「その通りだ。君のおかげで、砂漠の国は今、草花で溢れているんだよ」

博士はそう言うと僕を抱きしめてくれた。その腕の温もりがあんまりにも優しかったから、僕はやっぱり博士を信じようと思ったんだ。


――施設が空爆されたのは、それから三日後のことだった。

始め、僕は何が起きたのか分からなかった。
ただ呆然と、瓦礫と化した温室で、一人座り込んでいた。

「おい」

そこへ声をかけられて、初めて我に返った。見ればタカセが立っていた。
その姿に僕は、博士のことを思い出した。

「博士は?」
「アヅミは俺達を捨てて、先に逃げた」
「……」

捨てられた?
僕は、初めて見る外界を一瞥しながらその言葉の意味を考えていた。
温室の外に広がっているのは、ただの砂漠だった。草木など無い。
僕は首に填っている黒い輪を抑えた。これは博士にしか取り外しが出来ない。これを外すと、僕は雨を降らせることが出来るようになるのだ。だがこれが填っている限り、僕に出来ることなど何もない。博士がいなかったら、僕には本当に出来ることなど何もないのだ。

「こんな所で終わってたまるかよ」

タカセの声に、僕は顔を上げた。

「ついてこい。相手がロボットでも、俺は中でヌけば起動していられる。お前の生命維持はどうなってる?」
「僕は、草木の出す酸素だって聞いてる」

だからずっと温室にいなければならないのだと、そう聞いた。

「そうか。まぁ酸素ならこの星には溢れかえってる。アヅミがお前に言った言葉が嘘でない限りは、しばらくは持つだろ。お前にはついてきてもらうからな。俺が生きるために」

そう言うとタカセが、無理に僕の手を取った。ひっぱられて、座り込んでいた僕は立ち上がった。

「これから……どうするの?」
「この国を抜ける。科学国へ戻る」
「科学国ってどんな所?」
「少なくとも砂しかないここよりはマシだ」

こうして僕らは歩き始めた。
外界は昼は酷く暑く、夜は異常なほど凍てついた。
休むことなくタカセは歩く。僕は、これほどまでに体を動かしたことなど無かったから、すぐに根を上げそうになった。けれど僕には今、タカセしか頼れる相手はいない。だって博士がいなくなってしまったのだから。ただ博士が無事だと良いなと願った。
そのまま暫く歩き通して、僕らは砂漠を抜けた。
今度はゴツゴツした岩が沢山ある場所に出たのだ。タカセが立ち止まったのはその時だ。

「刻限だ」
「刻限……?」

なんのことだろうかと思っていると、岩陰に僕は引きずり倒された。

「俺は、SEXしないと死ぬんだよ」
「っ」
「だからお前を連れてきたんだ。それ以外は足手まといのお前をな」

そう言ったタカセが、僕の首筋に噛みついた。そのようなことをされたのは、意識を得てから初めてのことで、ビクリと身が竦んだ。鈍い痛みに恐怖して、僕は反射的にタカセの体を押し返そうとした。

「大人しくしてろよ。それとも酷くされたいのか? アヅミは酷くされるのが好きだったからな。似たのか?」

タカセの指先が、僕の胸の突起に触れた。瞬間、僕の陰茎は反応を見せた。もう一方の手で、直接的にそこを触られる。初めて触られた。骨張った手のその感触だけで、僕は果てそうになった。

「随分と敏感なんだな」
「や、やぁ……ああっ」
「悪いけどな、俺は優しくしてやれるほど余裕がない。限界なんだよ」

そう言ったくせにタカセは、たらたらと機械オイルを指にまぶし、僕の後孔に優しく指を突き立てた。

「は、うァ」
「きつい」
「も、もう、あ」
「しかも早い。もう少し堪えろ。じゃねぇと辛いのはお前だ」

指が二本に増えた。プラグを差し込まれる以外で、誰かの指先の体温を感じたのは初めてのことだった。グチャグチャと音がする。それから二本の指が縦横無尽に僕の中で蠢き――そして僕の感じる場所を探り当てた。

「ひッ!!」
「ここ、か。兵器にまで感度をつけて前立腺を構築するんだから、アイツも根っからの変態だよな」
「やぁ、やッ、あ、ン――うあああッ」

その時指が引き抜かれて、巨大な質量が中へと入ってきた。熱い。兎に角熱かった。僕はこんな有機的な熱を内部に感じた事なんて、これまでには一度もなかった。一気に突き立てられた。そして、そのままタカセは動きを止めた。僕の内部が次第に彼の陰茎の形を覚えていく。意識がぐらついた。

「動くぞ」
「あ、ああっ、あ、あン」

それから激しい抽送が始まった。僕は涙を堪えようとして、それが出来なかった。決して痛みからでも、この状況が辛いからでもない。ただ、気持ち良かったからだ。快楽に絡め取られながら僕は思う。捨てられた、兵器? 理解したくなかった。だからただ気持ちいい現実だけを全てだと思うことにした。

「や、あ、タカセっ」
「爪、立てるなよ」
「気持ちいいよッ、うあ」
「お前な、煽るな――出すぞ」
「うあアぁ――!!」

そのまま一際強く打ち付けられた時、僕もまた果てた。
純粋な快楽に、僕は弛緩した体で、空を見上げながら泣いた。

――それからは、ほぼ毎日のように、僕はタカセと体を繋いだ。
決して嫌ではなかった。僕は知った。快楽を感じているその時だけは、何も考えなくて良くなると言う現実を。その事実は、とても僕にとって優しかった。

歩きながら、タカセを見上げる。彼の横顔は、非常に端正だ。

「なんだよ?」
「え、あ」
「何で見てるんだ。何か言いたいことでもあるのか?」

無いわけではなかった。僕は一つ気になることがあった。

「タカセは博士の恋人なんだよね?」
「……」
「僕は、博士の代わり? あ、そ、その……停止しないために必要だって言うのは分かってるんだけど……」

俯いた僕の隣で、タカセが足を止めた。

「代わりは、俺だったんだよ」
「え?」
「アヅミの恋人は、植物状態なんだよ。今回の戦争で、迎撃されてな。パイロットだった。だからアイツもこの計画に参加する気になったんだろうな。ようは復讐だ」
「どういう事?」
「俺の顔も体格も、それこそ性格でさえも、アヅミは恋人の意識在ったその時を再現して作ったんだよ。アヅミが求めていたのは俺じゃない。俺こそが代わりなんだ。俺の存在意義はアイツを満足させること、ただその一点だ。けどな、こうしてあっさり見捨てられる程度の存在だったんだよ。俺が俺の意志だと思っているものだって、アイツにとっては無意味だ。アヅミは、どうせ今頃俺のバックアップから新しいセクサロイドでも作って慰めてもらってるんじゃないか。アイツはそう言う奴だ。身も心も慰めてくれるロボットをいくらでも作り出しては、不要になったら捨てる。アイツの中で俺も、そして恐らくお前も名、ただの物体に過ぎないんだよ」
「博士はそんな人じゃないよ。すごくすごくすごく優しいんだよ! きっと今だって、タカセのことを心配してる」
「お前はまだ現実が見えないのか。分かるか、お前に。俺が、何番目の”タカセ”なのか。それを知った時の衝撃が」
「え?」
「少なくとも俺の前に三十体は”タカセ”がいた。全て、アヅミが望まない行動を取って処分された。例えば、だ。安積を愛して処分された者の多さ。アヅミは、タカセに優しくされることを望まない。糾弾されて、責められて、卑しい体を苛められる。そればかりを望んでた。無論、良心の呵責もあって、誰かに罰して欲しがっていたのかも知れないけどな」
「良心の呵責? だって、なんで、だって、博士は、砂漠の国に雨を降らすって言う素晴らしい仕事をしてたのに。みんなを喜ばせて――」
「いつまで夢を見てるんだよ。もう分かってるんだろ。お前は兵器だ。それをアヅミが起動してた。アヅミは総指揮官だ。この”ノアの箱船計画”の、な」
「どうして、どうして? 博士は優しいんだよ」
「俺は人間という種が抱く曖昧な優しさなんて言う概念を認める気には到底ならない」
「だけど僕は信じてる。僕は人が好きだ」
「そうか。俺はお前みたいなロボットは大嫌いだ。盲目的に創造主を信じるしか脳がない輩なんてすぐにスクラップになるべきだと思ってる。勿論、この俺の考えだってプログラムされた、タカセに近い見解なんだろうけどな」

そう言うとタカセは再び歩き始めた。僕は慌てて追いつきながら、彼の手を握った。

「タカセはタカセだよ。その前に何人同じ名前のロボットがいたって、生きた人間のタカセがいたって、僕が知ってるタカセは、タカセだけだよ」

するとタカセが嘲笑した。

「人殺しの虐殺兵器に慰められてもな」

ずしりとその言葉が僕の胸にのしかかった。息苦しくなってきて、僕は手を離した。
涙がこみ上げてくる。僕は、本当に兵器だったのかな? 博士は、僕に嘘をついていたのかな? どうして? どうして、どうして。

「悪い。言い過ぎたな。俺には優しさがインストールされてねぇんだよ」

泣き始めた僕を、タカセが抱きしめてくれた。僕は額を彼の胸に押しつけて、ひとしきり泣いた。もう嫌だ。僕は、こんなのは嫌だ。ただ、ただただ、みんなに幸せになって欲しかっただけなのに。草花で溢れる国を見たかっただけなのに。そのために、今まで、生きてきたのだと思っていた。だからこんな悲しい現実を信じたくはなかった。

「お前を見てると調子が狂う。メンテナンス不足かもな。このままじゃ、次ぎにアヅミとあったら廃棄処分されるのは確定だ」
「博士は廃棄処分なんか、しないよ、しない……するの? するのかな? 僕もゴミになっちゃうのかな? もうイラナイから、イラナイなら、ゴミなのかな? だから捨てて行かれたの?」
「……人間なんてそんなもんだ。現実は酷なんだよ」

タカセの諦観したような声音。だけど、僕はそれを受け入れられない。
考えよう。
今、僕は考えるべきだ。
この思考自体が作られたものなのだとしても、考える権利はロボットにだってある。

「ねぇ」
「なんだ」
「――僕は、科学国には、サルビアには戻らないべきだと思う」
「っ」

僕の言葉に、タカセが驚いたように息を飲んだ。

「もしも博士が本当に僕らを捨てたんだとしたら、僕らは自由だ。自由に生きて良いと思うんだ。そして僕が信じているとおりに、そんなことはなくて、博士は緊急待避しただけで僕らを捜してくれるとしたら、僕らをまだ好きでいてくれるとしたら――きっと探しに来てくれるから、それを待つべきだと思う」

一人僕が大きく頷くと、タカセが瞠目してから空を仰いだ。

「自由、か」
「うん」
「まぁ、お前は酸素が在れば生きられて、俺はヌければ生きられるわけだしな」

こうして僕らは目的地を変更した。
たどり着いたのは小国で、ロボット文化など全く根付いていない小さな谷だった。
僕はそこで、小さなお花屋さんを開いた。
首輪が填っていても、少量なら雨を降らせることが出来ると気づいた。僕の意志に呼応して、花を生かすことが出来る程度には水が出る。タカセはその国の花街で、客を取るようになった。僕らは小さな家を借りて、二人でそこで暮らしている。

僕は、いつしかお花の魔術師と呼ばれるようになった。

機械科学概念がないその国には、代わりに魔術伝承が根付いていたのだ。
だから僕の降らせる雨は、魔術だと皆が言った。
年を取らないタカセも僕も、希有な魔術師だとされて、ありがたがられた。困りごとを相談される頻度も増えていき、いつしか街に受け入れられた。

タカセは、最近ではよく笑うようになった。そしてある日呟いた。

「……幸せだな」

驚いた僕は、それから吹き出して笑った。

「自由、だね」
「お前がいなかったら無かった未来だ。感謝する」
「ううん。タカセが僕を連れ出してくれたから、この今があるんだよ」

博士は結局僕達を探しに来てはくれない。
今どこにいるのかすら分からない。
そんな中で、僕とタカセは――多分、恋人という名を冠するに相応しい関係になったのだと思う。互いにお仕事がお休みの時は、いつも一緒にいる。

僕は、それでも強く思う。博士は、優しかったと。紛れもなくそれだけは事実だと。

博士がいたから、僕は愛を知った。この谷の人々を愛することが出来るのも、なによりタカセのことを特別だと知ることが出来たのも、全ては博士が僕に愛という概念を教えてくれたからだと思うのだ。

まだ、遠くの国では戦争が続いているという風の噂を耳にする。
僕はまだまだ知らないことばかりなのかも知れないけれど、それでも。
人間のことが大好きだ。それだけは変わらない。

「ねぇタカセ」
「なんだ?」
「もし博士に再会できたらさ」
「ああ」
「思いっきり幸せだって自慢しよう」

僕はそう決意した。ロボットにだって自由も思想も意志もある。だから。
この幸せな思いを、今度は博士に、僕の側から分けてあげるんだ。
だって今でも、僕は博士のことが大好きだし、博士のことを信じているのだから。

さぁ、今日もお花を育てよう。


そんな、雨を降らせるロボット――お花の魔術師のお話は、後にお伽噺となる。