9:目は口ほどに物を言う……?(★)【2018/05/13】




「グレイ……何も言ってくれないのか?」

 その時、アーシュの切ない声が響いたため、俺はハッとして顔を上げた。
 短く息を呑んでから、慌てて首を振る。
 するとアーシュが俺の頬に右手を添えた。緋色の瞳が切なそうに俺を見ている。

 内心大歓喜しつつも、必死に真面目な顔を取り繕いながら、俺は返事をしようと考えた。今が、絶好の機会だ。今しかない! 無いだろう! 今言わずしてどうする!

「俺は……その、アーシュの事を……」

 嫌われないように、雰囲気を保ちつつ、俺は今こそ頑張ろう!
 まず、自分の気持ちと、間違いの否定をしなければならない。

「セフレだと――」

 ――は、思っていない。そう言おうとした時だった。

「っ」
「聞きたくない」

 アーシュが俺の唇を片手で押さえた。僅かに眉間に皺を刻み、アーシュが悲しそうに俺を見ている。慌てて俺は首を振った。片手で宰相閣下の手をどけた。

「違う! だから俺、思ってないんだよ!」
「ああ……残念なことに、貴方が俺の事を恋愛対象だと思ってくれていない事、俺を想ってくれていない事は、嫌というほど分かっている」
「そうじゃない! 俺はお前をセフレだと思ってないし、すごく好きだと思ってる!」

 必死で俺は告げた。やっと言えた。言い切った!

「――? グレイ?」
「だから、その、俺はもう本当は、お前の腕枕無しでも眠れるようになってる……し、真実の愛っていうやつ……だな……」

 正直に伝えながら、俺は我ながら恥ずかしくなってきて、最後は酷く小さな声で告げてしまった。羞恥から消え入りそうな言葉を俺が放った時、アーシュが驚いた気配がした。そのまま彼は、俺の顎の下に指を置き、持ち上げるようにした。顔を上げた俺は、目を丸くしている宰相閣下を見た。

「事実か?」
「ああ……」
「……じゃあ、一晩中俺と抱き合っていても、貴方はもう即座に睡魔に襲われる事は無いのか?」
「うん……黙ってて、悪かったよ」

 静かに俺が言うと、宰相閣下が――俺を押し倒した。そして被さるようにしながら、俺の首の後ろに右腕を回し、もう一方の手を寝台についた。それから真剣な瞳をしたアーシュは、その後ゆっくりと瞼を伏せて、俺の唇に自分の唇を重ねた。

 ――両思いになってからの初めてのキス!

 ドキドキドキドキ、俺の胸の鼓動はうるさい。きっとこれからは夜も、今までとは違う。セフレじゃないってもう確定だし、今までよりも幸せだと思う!

「グレイ」
「ん……アーシュ……」

 これからヤるんだと一切疑わず、俺はアーシュの首に両腕を回した。

「信じさせてくれ。今夜は一晩中抱き合って――話をしよう。その、例えばお互いのどこが好きだとか。そうか、俺は貴方と恋人になれたのだ……」

 唇を離したアーシュが、感無量といった感じでそう言った。
 え。
 俺は、宰相閣下の目元に光る嬉し涙のような滲む雫を目にして言葉を失う。

「あ、ああ」

 恋人同士になれたわけだから、それは俺も嬉しいし、異論は無い。
 無い、が……一晩中、話……?

 ――その日、俺はアーシュの腕の中で、夜が明けるまでの間、ずっと会話をした。
 中身は……最近俺が、馬車の中などでひねり出していた雑談とほぼ同じだった。

 だが、いつもとの違いは、最初の頃のように、あるいはそれ以上に、アーシュもまた饒舌に戻った事だろう。耳に触れる吐息や甘い声に、俺はいちいち嬉しくなったが――……正直、途中から、体が熱を持っていた。

「もう朝か。時間が経つのは早いな。仕事に行かなければ――今夜も帰ってきたら、じっくり話そう」

 翌朝、そんなやりとりをして、俺達は宮廷へと向かった。
 ……嬉しい。当然嬉しい。

 しかし、しかしだ。恋人同士になったのに、あえて何もないという展開は考えていなかった。い、いいや。今夜こそ! そう考えながら、俺はいつもよりも長く感じる仕事に耐えた。

 そしてその日の夜もアーシュの家へと向かい――一晩中雑談をして朝を迎えた。
 ……普通に睡眠が可能になった俺は、勤務時間中に暇を見つけて眠った。

 サボりである。なにせ今夜こそは、体を交わすかも知れないのだから、寝ておかなければ!

 その日の夜は、俺を抱きしめるようにして――アーシュが眠ってしまった。
 端正な寝顔を見ていたら、起こすに起こせない。
 俺と違ってサボったり出来ないだろうからな!

 ――だが、困る。眠っているアーシュの温度を直接肌で感じるだけで、俺の体は欲望を抱くようになってしまったのだ。抱かれたい、と。あああああ、鬱だ。恥ずかしい。でも……俺は、ヤりたくて仕方がない!

 しかし機会が来ないまま、一週間が経った。
 その間ずっと、アーシュは俺を抱きしめて雑談するか、目を伏せている。
 俺は、完全に生殺し状態だった。

 アーシュは寝ている時、無意識になのか、俺の首筋を撫でたり、ヤる時と同じように耳の後ろをくすぐったりする――くせに、寝ている。完全に俺は愛撫されている気分なのだが、アーシュは寝ている。体が日増しに熱くなるのは当然だった。

「グレイ?」

 この日も、アーシュの雑談を聞いていた俺であるが、さっぱり頭に入ってこない。
 なにせ、ヤりたい。ヤりたくてヤりたくてヤりたくて仕方がない……!

「どうかしたのか?」
「……あ、あのな」

 首を傾げているアーシュを見ながら、必死に俺は考える。アーシュには、肉欲は見えない。アーシュにとっての恋人とは、そういえば……あ。恋人にもすぐには手を出さない身持ちが硬い人物――そんな噂をこいつは持っていたんじゃなかったか? ま、まさか、もう俺に手を出す気は無いのか? いいや、それは無いだろう。無いだろうけど……これ、俺から直接誘ったほうが良かったりするのか?

 そう考えて、俺は言葉を探した。
 これまで恋をした事など無い俺は――どうやってヤろうと言えば良いのか分からない。

「……」

 言おうと思うのに、ヤろうの、うまい換言した言葉が見つからない。
 泣きそうになりながら、俺はひとりで真っ赤になった。
 すると――その時、アーシュが吐息に微苦笑を乗せた。

「――目は口ほどに物を言う、らしいな」
「え?」
「貴方に誘われてみたかったが、その顔で十分だ」
「ッ」

 アーシュはそう言うと、俺を抱きすくめてそのまま押し倒した。



「ぁァ……ああっ、ン、あ!!」

 久しぶりに体を繋いでいるせいなのか、酷く体が熱い。あまりにもの快楽が怖くて、俺はアーシュの背中に腕を回して、ギュッと抱きついた。

 そうすると、肌と肌が密着するから、その温度にゾクゾクしてしまう。
 アーシュはいつもよりも激しく動きながら、俺の中を暴いていく。
 香油の音が卑猥に響く寝台の上で、俺は快楽に悶えた。

 ――気持ちいい。勿論肉体的にもであるが、何より、やはり恋人同士だと思うと、なんとなくではあるが、胸が満たされているような感じがする。アーシュが常々欲しいと言っていた、『心』というのは、この満ち足りたような気分の事だったのだろうか?

「あ、ああ!!」

 一際強く中を抉られて、俺は放った。アーシュの腹部を、俺が放ったものが汚す。

「あ、ン――!! ま、待って」
「悪い、我慢が効かない」

 出した直後だったが、ガンガンと感じる場所を何度も突き上げられて、俺は再び熱を帯びる体を自覚しながら、喉を震わせた。息苦しくなって舌を出す。

「ン、あ、あああっ、うあ」
「ここが、貴方は本当に好きだな」
「――ひ、ァ、あああああン!!」
「グレイの声を聴いていると、それだけで俺の体も熱くなる」
「……あ、ああっ、や、まって、まだ、まだ動かないでくれ、ああああ」

 頭が真っ白になっていき、俺は何を言われているのかよくわからなくなってきた。快楽から、涙がとめどなく溢れてくる。

「毎夜、声を聞いているだけで――俺は、辛くなる自分に苦しんだ」
「や、やぁあ、あ、ああ」
「好きだ。だからこそ大事にしたいと思ったのに――悪い、止められない」
「んぁあああ!!」

 そのまま激しく動かれて、俺は理性を飛ばした。
 俺はこの夜――自分がいつ眠ってしまったのかを、思い出せない。


 翌日は、幸い休日だった。

 気怠い体を引きずるようにして起き上がると、ソファに座ってアーシュが書類に目を通していた。陽光の中、休日だというのに、熱心に仕事をしている。

「目が覚めたのか? 無理をさせて悪かった」
「……っ……」

 カッと俺の頬が熱を帯びた。確かに、あれを毎夜は無理だと思うくらい濃密だったが……俺が望んだ事でもある。

 このようにして――とりあえず、無事に俺達は、セフレ関係を脱出したのである。