【23】願い







 完全なる封印がなされ――魔王の残滓の力をもってしても、部屋から出られないことを、皇帝は悟っていた。

 そんな皇帝の前で、バルトは考え事をしていた。

 ――運営だった頃、この世界に来る前は、自分を見つけてもらいたいと願っていた。だから、運営操作のNPC役に立候補した。

 その相手は――メルトだ。
 メルトに、自分を見つけて欲しかった。

 理由は簡単だ。仕事とは別に、趣味で【ゾディアック】にて遊んでいたバルトは、メルトの話の内容から、すぐに気がついていたのだ。メルトが――小学校の頃の、同級生であると。今でも忘れられない、たった一人の存在だという事に。

 当初は、それは幻想かと思っていたが、この世界で直接顔を見て、それは確信に変わった。過去に一度だけキスをした、初恋の相手だと、直ぐにわかった。胸元に輝いていたメビウスのサブマスであることを示すエンブレムもヒントになったが。

 バルトの――『琥珀』の認識していた二つの世界。

 それは、『運営としてのゾディアック』と『プレイヤーとしてのゾディアック』だった。だから本日に至るまで、吸血鬼という趣味の職業側のスキルを使うことはなかったから、ランキングも非公開とできた。

 本名は、ベルンシュタイン=太陽という。太陽が、自分の名前だ。

 苗字は、父親のドイツ性だ。父親もドイツ国籍ではあったが、日独ハーフだったから、実際の血縁的には、琥珀はクォーターと言える。そのせいなのか、生まれつき白金色の髪のせいで、日本でも奇異され、同時にくろすぎる瞳のせいで、ドイツでも怖がられた。

 ベルンシュタイン――ドイツ語では、燃える石の意味合いを持つ。
 琥珀の事だ。
 琥珀は、ギリシャでは、エレクトーンと呼ばれたらしい。
 こちらは、太陽の輝きという意味合いだそうだ。

 結果、両親は、バルトに琥珀由来の太陽という名前をつけた。

 NPCだから、美しいわけではない。彼は、幼少時から、まるで作り物めいた美を持っていた。それも手伝い、孤立しがちだった彼に、いつも話しかけてくれるクラスメイトが一人だけいた。クラスの人気者で、いつしか、彼のことばかり、気にするようになっていた。

 そんなある日、キスをされた。嬉しくて、舞い上がった。
 その後いじめが始まったが、何も気にならなかった。
 一緒にいられるなら、それだけで満足だったのだ。

 男同士なのにおかしいという考えを、最初からバルトは持ち合わせてはいなかった。
 ――好きだったからだ。性別など、無関係だった。
 その感情の名前が、恋であると、当時の彼は知らなかったが。

 しかし、すぐに一緒にはいられなくなった。

 その好きな相手――ゲームではメルトと名乗っているクラスメイトが、不登校になったからだ。忘れなければ、自分では釣り合わない、そう考えて、遠方の中学校に進学する事で忘れようと試みた。だが、結局忘れる事は出来なかった。

 大学生になる頃には、同性愛という概念を知っていたから、自分は異常なのかと、バルトは悩んだ。ゲーム会社に就職した頃には、なんとか世間に適応しようと、必死で異性愛者の演技をした。けれど――忘れる事など、出来なかった。気が付けば、メルトのことを考えていた。

 ただ――まさか、仕事で扱っているゲームを趣味でも始めた時に、そこにメルトがいるとは、考えてもいなかった。話をなども聞くうちに、個人情報をポロポロとメルトが混ぜるから、すぐに確信したが……バルトの側からは、何も伝える事が出来なかった。

 そんな時に、イベントの季節が訪れた。

 メルトに、自分を見つけてもらえたなら……そんなふうに感じた自分を、バルトは思い出していた。運営である以上、依怙贔屓はできないが、自分を探すメルトを想像すると、いやに気分が明るくなった。

 琥珀――バルト快沿岸で多く算出される鉱物だ。
 二種類あって、一つは半化石のコーパル、もう一つは再生コハクのアンブロイドだ。

 ゲーム会社の会議でNPCの名前を決める時、操作者である彼にちなんだ名前が採用されたという経緯だ。そして、そこに射手座にまつわる名前が付け足された。

 それは――ポステリオル。
 本来は、アルカブ・ポステリオルで、射手座のかかとの後ろ側という意味だ。

 結果、彼が操作するNPCの正式名称は、バルト=アンブロイド=ポステリオルと決まったのである。今となっては――……懐かしい話だ。

 ゲームであれば別だが、死を伴うこの世界では、勇者業など危険すぎる。
 バルトは、どうしてもメルトには、危険な目にあって欲しくはなかった。
 ただただ幸せになって欲しかった。それだけだ。





『私は、どうやらこの部屋からは出られないようだな』

 魔導具越しに響いてきた皇帝陛下の声に、俺は固唾を呑んだ。

『だが、お前も出ることは叶わないのではないか?』

 愉悦まみれの表情で、笑いながら皇帝陛下がバルトに言った。

 それまでとは異なる表情で、感情豊かな眼差しで、それを聞きながら貼るとはタバコを吸っている。そんな場合なのだろうか?

 何より――顔は、確かにバルトだ。
 だけど……俺は正確に理解していると思う。
 あそこにいるのは、『琥珀』だ。俺の一番のフレだ。

『再び私に忠誠を誓い、外へ出るために、魔術を解除すると言うならば、この一件だけは見逃さないこともない』

 皇帝陛下がそう言うと、バルトが腰から剣を引き抜いた。
 いつか、ロロを突き刺した剣だ。

『私と殺りあうつもりか? ぶをわきまえよ』
『陛下。俺は、陛下に忠誠を誓ったことなど一度もありませんし、殺し合いをするつもりもありませんよ』

 剣を向けながら、バルト――いいや、琥珀が楽しげにそう言った。

『……』

 怪訝そうな眼差しに変わった皇帝陛下の前で、琥珀が微笑している。

『第一、俺が死んだら困るのは、陛下では?』
『っ』
『魔術を解除できる人間は俺しかいない』

 そう口にしてから、バルトが剣を動かした。
 ――鮮血が舞った。

「!!」

 俺は目を見開き、思わず片手で口を覆った。
 琥珀の剣が向かった先は――彼自身の首だったからだ。
 慌てたように、皇帝陛下が駆け寄る。

『俺が死ねば――魔王再誕前の現在、陛下は人間としての寿命を終えるまで、ここからは出られない』

 そう言って笑ってから、琥珀は意識を落としたようだった。