【22】サジタリウス帝国の魔術






「良いか、決して異世界人共をこの塔へ近づけるな。俺が完全密室を魔術で構築するまでの間――それさえ叶えば、何びとたりとも……敬愛せし皇帝陛下以外、この空間に立ち入る事は不可能となる」

 バルトの冷静だが強い口調の命令に、特務騎士団のメンバーは、それぞれ頷いた。
 騎士団長の魔術と剣の腕は確かだ。
 それは、その場にいる誰しもが知っていた。

「異世界人共は、解読するために、石版の溝に冒険者証をかざさなければならないそうだ。そのようにして、不動宮洞窟と活動宮洞窟の石版は、既に解読されたと諜報部から情報を得ている。決して、この石版にだけは、近寄らせてはならない」

 いつもと変わらぬ無表情で、冷静な声音なのだが、気迫がいつもよりも増しているように、部下達は感じていた。

「皇帝陛下の勅命だ。異世界人共を屠れ――行け。完全密室は、俺が構築する」

 バルトの合図により、特務騎士団のメンバーはそれぞれ姿を消した。
 皆、街に探索に出たのだ。
 ――メルト達を妨害し、可能ならば殺害するために。

 ただひとりきり、オフィウクス宮殿の敷地の片隅にある塔に残ったバルトは、それから背後に浮かんでいる石版を見据えた。不思議な色の光を放っている。

「ようやく――俺の願いが叶うのか……どうか、幸せになってくれ」

 ポツリと呟いたバルトの声を聞く者は、もちろん誰もいなかった――……

 ……――わけではない。
 玉座の間にて、制限されているとはいえ、魔王の力を宿している第十三代皇帝は、バルトの様子を、空中展開した魔術モニターで眺めていた。

「幸せ、か」

 画面の向こうから響いてきたバルトの声を繰り返し、嘲笑するような顔で、皇帝は藁っていた。短くちっぽけな人間としての一生に、皇帝は幸せが見いだせるとは思っていない。ただ――バルトの腕前だけは、信用している。

「私が蛇使いの魔王として最短するまで――あと少し、頼んだぞ。バルトよ」

 皇帝はそう口にしたが、それが本心なのか否かは、誰にも分からない。







「一体これは、どういう状況なんだよ!?」

 俺は走りながら、隣を走っているロロに言った。

「そう言われてもな」

 午前、六時。

 俺達は、最後の石版があるという、オフィウクス宮殿の離れに向かうため、街の広場に集結していた。そこへ――特務騎士団の連中が押し寄せてきたのである。出発直前の出来事だった。

 そのまま各自、異世界人のみが使えるらしきチャット機能で、目的地であるオフィウクス宮殿の敷地内の塔に各自向かうと決め、たまたま同じ方向に逃げながら、塔を目指しているのが、俺とロロである。

「どこからバレたんだよ!? 俺は、琥珀には、昨日は何も言ってない!」
「琥珀? 何の話だ?」
「あ、いや……」

 ロロの不思議そうな声に、どうやらマルネから聞いていないらしいと悟り、俺は顔を背けた。そのまま二人で街を駆け抜け、宮殿を目指して、ぐるぐるとした坂道を上っていった。正面からも、後ろからも、特務騎士団のメンバーが、俺達を狙って押し寄せてくる。

 それでも俺達は、なんとか宮殿の近くまでたどり着き、それから気配を殺して気の上に登った。そこから城門の上に移動し、急いで敷地内に降りる。

 目指す塔は、すぐに見つかった。
 途中――倒した特務騎士団のメンバーが所持していた、情報共有用らしき魔導具を入手した。そこには、杖と魔剣を右手に持ち、左手に魔道書を開いているバルトが映し出されていた。

「完全密室魔術の構築中らしいな」

 冷静なロロの声が、逆に俺の焦燥感を大きくする。

「まだ敷地には、俺達しかついていないみたいだ。完成したらやばい。急ごう!」
「メルトに言われるまでもねぇよお」

 こうして二人で、俺達は走るのを再開した。
 離れにある塔は、ゼウスハデスの破壊塔というらしい。
 一目散にそこへと向かうと、待ち構えていた敵達が俺とロロに襲いかかってきた。

 これほどまでの人数――というよりも、対人戦自体、ほぼ未経験に等しい俺は、何度も立ちすくみそうになったが、その俺の一歩前に出て、次々とロロが大剣で敵を切り伏せていく。

「怖いか、メルト」

 第一陣の敵を抜けた時、ロロが言った。

「当たり前だろ」
「――それは、自分が死ぬ恐怖か? 目の前で他者が死ぬ恐怖か?」
「……」
「前者ならば、安心しろ。俺が、お前を守ってやる。命を賭けてもな」
「残念ながら、後者だ」

 そんなやりとりをしながら、俺達は、どんどん上へと登っていった。
 バルトがいるのは、最上階。
 破壊と再生の間だという事は、敵から奪った魔導具から理解していた。

 数百人規模の敵を、たった二人で倒しながら、俺達は進んだ。
 その間にも、魔導具が表示する画面の向こうでは、バルトが魔術を構築していた。

 そうして――俺とロロは、最上階へと続く、最後の十三階段の前に立った。
 ここを登りきれば、バルトのいる場所にたどり着く。
 自然と速度が速くなる。しかし、画面の向こうでは、バルともまた佳境に入っていた。

 ――間に合ってくれ!

 そう願いながら、俺は十三段目を上りきり、入口のノブへと手を伸ばした。
 その時だった。

「魔術実行、構成完了」
『魔術実行、構成完了』

 扉の向こうからバルトの肉声が、画面越しにも同じ声が、俺の耳に入った。
 瞬間、まばゆい光があたりを包み、俺がつかもうとしていたドアノブが、消失した。

「完全密室構築完了」
『完全密室構築完了』

 俺とロロは、揃って絶望的な言葉を聞いた。
 ――間に合わなかった……?

 目を見開いてから、俺はすぐに魔道具の画面に視線を落とした。
 隣で立ち止まったロロも、それは同じである。

 モニターの向こうでは、相変わらずの無表情で、手袋を外しているバルとの姿がある。
 その後振り返った彼は、宙に浮かんでいるように見える石版を中止していた。

「画面越しに、買得は可能か?」
「ロロ、多分無理だ。マルネの話だと、冒険者証を石版に走らせなければならないとかって聞いた気がする……」

 どんどん俺の声音は小さくなっていった。もう、終わりだ。
 俺達には、古代魔術は使えない。
 だから、中には絶対には入れないのだ。

 そう考えながら、魔道具越しにバルトを見ていると――彼が不意に、胸元のポケットから、俺にも見覚えのあるカードを取り出した。それが冒険者証だと俺が理解した時には、バルとはそれを、石版の溝に走らせていた。

『冒険者・琥珀により、柔軟宮洞窟秘蔵の石版の解読がなされました、これにより、全席版の秘密が開示されたため――【冒険者の勝利】として、このアナウンスはなされています』

 その時、機械的な音声が、俺の耳に入った。ゲームのアイコンが並ぶ部分にも、字幕で同じ言葉が表示されていた。

「え?」

 意味が分からず、俺は目を瞠った。
 どういうことだ?
 どうして、バルとが、琥珀の冒険者証を持っているんだろう?

 それ以前に、冒険者証は、本人でなければ使用不可能の魔術がかかっていたはずだ。


「やはり、そうであったか」

 不意に、魔導具の向こうから、それまでは存在しなかった声が響いてきた。
 笑を含んだ声だった。

 改めて画面を見ると――そこには、ゲームの中では何度か見たことがある、オフィウクス魔術帝国第十三代皇帝……ムリフェン=オフィウクスの姿があった。