【15】名前の由来



 翌朝、午後にレオ帝国の皇帝陛下に謁見することになっているので、俺達はその打ち合わせと、昨日のバルトについての話し合いがてら、宿のレストランで朝食を食べることにした。

 俺が寝てから、いつの間にか、ロロは戻ってきていた。

 パンを手に取っているロロを一瞥しながら、本当に男娼を抱いてきたのだろうかと、漠然と考える。別に、だからと言ってロロに対して嫌悪などを抱くわけではないが、どうしても見る目が変わってしまう。

「――で?」

 その時、ロロがバターを塗りながら、顔を上げた。

「結局、何が目的で、バルトは俺達を――いいや、メルトを助けたんだ?」
「目的? いや、普通に条件反射って感じで……根が良い奴なんじゃないか?」
「メルトはお人好しの馬鹿か? 敵だぞ? 容赦なく俺のことを殺そうとしただろうが」

 確かにそれはそうだ。

 バルトは俺達が異世界人だと知らないと思うし、教会で蘇生するとは思っていなかったと考えられる。

「分からない」
「優しさに騙されるなよ。意図的に優しくするなんて、簡単なことだ」
「ロロには無理だろ」
「ああ。俺は裏表が無いタイプだからな」
「そうか? そうも思えないけどな」
「……お前ほど単純ではないからな。メルトよりは、使い分けが可能だ」
「どうしていつもお前は、一言余計なんだよ」

 俺はため息をついてから、コーヒーを飲んだ。
 そんな俺の方を見たまま、ロロがパンを噛む。
 それから重要なことを、俺は思い出した。

「そうだ。回復のお礼って言って、バルトが教えてくれたんだ。射手座の皇帝の末裔は、この世界にいるらしい。魔術帝国では、なにかを掴んでいるのかもしれない。足取りとか」

 俺の言葉に、驚いたようにロロが目を見開いた。
 その後、少し思案するように瞳を揺らした。
 そして、ロロはパンを飲み込んでから、改めて俺を見た。

「そうか……それが、本当ならば……フェイクじゃなく真実ならば、俺には一つだけ心当たりがある」
「え?」
「かねがね、俺はそのNPCが、運営操作予定の、射手座の皇帝の末裔では無いかと考えていた」
「どこにいるんだ!?」

 驚いて俺が尋ねると、フォークを手に取りながら、ロロが目を細めた。

「オフィウクス魔術帝国」
「へ? それで、バルトは知っていたってことか?」
「――そうとも言えるだろうな」
「誰だよ? 確かゲームでは、蛇遣い座って射手座の位置だから、実は現皇帝のムリフェン=オフィウクが、魔王復活を目論んで入るけど……実は末裔なんじゃないかって説が多かったけどな……」

 過去にギルチャで話題になったことがあるから、俺もその説はよく覚えている。

「俺が考えているのは、別のNPCだ」
「誰? 他に、魔術帝国には、誰がいたっけ?」
「……」
「というか、ロロがそう考えた理由は?」

 俺の問いに、紅茶のカップを手に取りながら、その中身をじっとロロが見据えた。

「名前だ」
「名前?」
「――射手座のかかとの後ろ側」
「は?」
「【ゾディアック】に出てくるNPCや品、街や都の名称、王国自体が、星座やその他の星に関連した名前が多い。だから頭が良い俺は、射手座について調べたことがある」

 静かにそう言ってから、ロロが紅茶を飲み込んだ。

「するとNPCのひとりが、射手座に関連する名前を持っていた。射手座の恒星の一つにまつわる名前だ」
「だからそれは誰なんだよ?」
「確証が得られるまでは、言う気はない。それに、他にも気になることがあってな」
「気になること?」
「――まつわる部分はごく一部でな。それ以外の名前の部分が……ちょっとな」

 煮え切らない言い回しのロロは、実は珍しい。
 ロロは比較的はっきりした性格だと思う。

 ただ――時々、無性に孤独そうというか、おかしな繊細さを持ち合わせているように感じられることもある。俺の考えすぎかもしれないが。

「メルトを逃がしたことに理由があるならば――それは射手座の勇者の末裔が任命する勇者に関係しているのかもしれない」
「どういうことだよ? さっぱり分からない」
「少しは自分で考えろ。名前というヒントをやっただろうが」
「俺、カタカナが苦手で、NPCのフルネームなんてほとんど覚えていないんだ」
「お前は馬鹿だもんな。失念していた」
「うるさい」

 不貞腐れながら、俺はスープを飲むことにした。

「そういえば、琥珀は元気か?」

 その時、ロロが話を変えた。

「ああ。昨日、地下に落ちてた時に、たまたま手紙が来て、やりとりしたよ。いつも通りだった」
「へぇ」
「そういえば、手紙のやりとりに慣れてきたのか、実際に手でペンを動かさなくても、視線だけで文字を書けるようになってきたんだ。ロロもそうか?」
「俺初めから出来たぞ?」
「そ、そうか……」

 やっぱり俺よりも、ロロはずっとすごいようだ……。

「琥珀か。宝石の名前だな。確か、六月の――双子座の誕生石だ。双子座か……射手座の対極の位置だな」
「そうなのか。知らなかった」
「――多く産出する場所も知らないか」
「知らない。どこ?」
「……半化石の琥珀と、再生コハクがあることも知らないんだろうな。メルトは馬鹿だから」
「俺はな、頭がいいと言うつもりはないけどな、それって一般常識には到底思えない」

 ムッとして俺はそう言ってから、なんとはなしに考えた。

 コハクという宝石が双子座に関係があるならば、もしリアルの星座に準じる説がその通りならば――俺の大切なフレである『琥珀』は、双子座の勇者に適任かも知れない。いいや、名前だけだった。俺は、琥珀の誕生日を知らないから、彼の星座は分からない。

 しかし、名前か。

「ロロは、どうして『ロロ』って名前をつけたんだ?」
小室露喜こむろろきが本名でな。学生時代のあだ名だ」
「え!? それって、テレビで見た事がある。フランス料理のシェフだろ!?」
「ああ、その通りだ」

 な、なるほど……高給取りというのに、納得した。
 有名人だ。

「メルトは?」
「俺も本名から取ったんだ。適当に、気分で」

 俺にはあだ名をつけてくれるような、リアルの友人はいなかった。
 だから自分で名付けたわけだ……。


 その後、俺達は食べ終えてから、一度部屋に戻り、約束の時刻まで待った。
 そして午後の日差しの中、レオ帝国皇帝がいるサンリオン宮殿へと向かった。

 仰々しく頭を下げた門番に、俺もおずおずと会釈を返したが、ロロは気怠そうな表情のまま、無反応で偉そうに歩いていく。皇帝陛下とは偉いと思うのだが、まさかずっとこの態度なのだろうか……? そう考えると、些か不安だった。

 謁見の間まで案内された俺達は、皇帝陛下が訪れるのを待った。

 シナリオで、何度か見た事のあるNPCが入ってきたのは、少し時間が過ぎてからだった。獅子座の人には、時間を破る癖でもあるのだろうか?

 一瞬そんなことを考えたあと、俺は続いて入ってきた人物を見て、思わず声を上げた。

「ナスさん!?」
「よ。元気だったか?」
「なんでここに?」
「そりゃあ、俺の大切な片腕たるメルトばかりに、負担をかけるわけには行かないからな。ギルマスとして、当然だろ? 俺も少しは強くなった。その証拠に――これを見ろ」

 笑顔で、ナスさんが、乙女座のマークが入った懐中時計を右手に持って、俺に見せた。蓋の部分に、模様が刻まれている。それを見て、俺はつぶやいた。

「なにそれ?」

 するとナスさんが脱力したように肩を落とした。

「勇者の証だ」

 その言葉に、俺とロロは揃って息を呑んだ。

「お前らが旅立ってから、俺はレベルを上げて……ヴァルゴ王国の勇者になるためのクエストを受けた。隣の天秤座――リブラ連邦には、マルネが言ってる。今、クエストを遂行中だと聞いてるぞ。あいつなら、出来るだろうな。マルネのことも、俺は信頼してる」

 大きく頷きながら、ナスさんが言った。
 すると、その横から、咳払いが聞こえた。

「私も勇者を探している。しかし、私を無視して雑談で盛り上がるとは、礼儀にかけた者共だな」

 レオ帝国の皇帝陛下が揶揄するようにそう言った。
 存在を忘れていた俺は、慌ててそちらを見る。
 ナスさんに会えた嬉しさと衝撃で、一瞬全てが吹っ飛んでいたのだ。

「だが、私に対してその態度――非常に気に入った。それでこそ、勇者たる素質の持ち主と言える。既に同盟国のヴァルゴ、およびリブラ連邦の首相からも、勇者の任命についての密書が届いている。我がレオ帝国も勇者の任命に異論はない」

 そう言って、皇帝陛下は喉で笑った。それから続けた。

「蛇遣いの魔王の復活は、必ず阻止しなければならないし、仮に復活した場合は、我々の祖が叶わなかった永久封印――あるいは魔王の消滅を、完全なものとしなければならないだろう」

 流麗な声が響き終わった時、ロロが一歩前に出た。
 非常に真剣な顔をしていた。

「俺にクエストを受けさせてくれ」
「――ほう。自信があるのか?」
「ある」

 皇帝陛下はロロの声に対し、面白そうに笑った。

「では、任命のための試練を与えよう」

 非常にあっさりと、皇帝陛下はそう口にした。
 ――こうして、ロロは、獅子座の勇者になるためのクエストをこなすことになった。

 俺はといえば……その結果を待つまでの間は、ナスさんと近況報告がてら、雑談をすることにした。俺は、クエストを受けるつもりがない。俺には、勇者なんてがらじゃない。

 何よりも今は――ただただ、再会を喜んでいた。