【11】シナリオと歴史





 無事に逃げ道を通り抜ける事に成功し、俺達は、ゲーム時には安全とされたレオ帝国首都サンリオンまでの旅路を進んでいる。

 途中野宿を何度かした。
 本日も野宿である。

「早く飯を作れ」

 ロロはいつもの通りにそう言い放ち、焚き火のための巻を集めに行った。
 剣で枝を落として帰ってくるので、俺が魔術で乾燥させて使っている。
 ――以前恋人にしか作らないと話していたが、確かに彼に作る気配は微塵も無い。

 だがひきこもり歴の長い俺も、そこそこ、一般的な料理ならば可能だ。
 レグルスの街を出る前に、手際よくロロが入手していたらしい食材を使っている。
 大体は、フライパンで目玉焼きを作るか、鍋で野菜を煮込むか、干し肉を齧っている。

 たまに巻ひろいがてら、ロロは、野生動物を獲ってきたり、魚を釣ってくるから、それを食べる場合もある。最初は寄生虫などが気になったが、回復スキルもあるしと、俺は気にしない事に決めた。今のところ、被害は無い。山菜やキノコを食べる事もある。

 サンリオンの都を目指し始めて、本日は丁度一週間目だ。
 予定では、あと三日ほどで到着する。

 帰ってきたロロが焚き火を設置し、俺は用意していた鍋をその上に置いた。
 出来上がるのを待つ間に、ロロがとってきた魚を串に刺して、俺は火の周囲に立てた。

 それが一段落し、鍋の立てる音のみが響いていた時――最近では口数が増えているロロが俺を見た。まぁ話し相手が俺しかいないのだから、会話も増えるか。

「――五月中につきそうなのは良いな」
「そうだな」
「ただ、最近、俺は思うんだ。メルト、俺達がシナリオを進める度に――この大陸の歴史が進んでいくという事にならないか?」
「え?」
「そうだとすれば、俺達は、少なくともゲームでは最新で来るはずだったイベント日にこの異世界に来たんだから、射手座の皇帝の末裔を探し出して、勇者に任命してもらうという事にはならないか? 勿論、他のNPC達にも勇者をそれぞれ選んでもらう事になると考えている」
「そ、それって、蛇遣いの魔王が復活するって言いたいのか?」
「シナリオを進めるというのは、そう言う事なんじゃないのか? ある意味俺達は、この大陸の未来の歴史を知っているという事になるだろうな」

 ロロの声に、俺は沈黙した。そこまで考えた事が無かったからだ。

「正確には、イベントは始まっていた。運営が操作しているN……いいや、プレイヤーキャラクターを、俺のギルドのギルメンの中には、探しに出かけていた連中もいたはずだ。不幸なのか、幸運なのか、こっちには姿がないから、詳細は不明だが」
「他鯖だけど、俺のフレも確か、今から探しに行くと言っていたきがする」

 俺は、レールの事を思い出した。
 フレリスには名前があるが、まだ一度も連絡は取れていない。
 手紙を出しても返事がないのだ。

「他の末裔の居場所は分かっていたわけだから、おそらくそれぞれのクエストを引き受ければ良い。だが、射手座の末裔はどこにいると思う?」

 ロロの言葉に、俺は鍋を見ながら思案した。

「運営なら――俺達が知らない、さらに先の未来も知っているかも知れないし、仮に魔王が復活するとなれば、出てきてくれないかな?」
「運営がこちらの世界を、自分の世界だと認識していたとは限らないだろ。その場合、この世界には、射手座の皇帝の末裔は、存在しないという事になる。つまり、魔王が復活してしまえば、阻止は不可能だ」
「……復活させないしかないな」
「だとすると、途中で歴史であるシナリオを追う事を中止して、俺達は、場合によっては、オフィウクス魔術帝国の魔王復活の野望を阻止しなければならないな」

 確かにその通りだと考えながら、俺は出来上がった鍋から、中身を器に取り分けた。



 三日後、俺達は無事にレオ帝国の首都サンリオンに到着した。
 これまで通過した村や街よりも、大勢の人々がいる。
 検問所があったが、冒険者証を差し出すと、中に入る事が出来た。

「一応、帝国皇帝に、会うか? 実は俺は、獅子座の勇者を狙っていたんだ。俺以外には適任者がいない。なにせ、十二人の勇者達のリーダーだからな」

 ロロが鼻で笑ってからそう口にした。
 俺は、勇者になろうとは考えた事自体無いので、曖昧に頷いておいた。
 こいつはどうしてこんなに自信家なのだろうか?

「メルトは何を狙っていたんだ?」
「狙ってない」
「……全鯖でも、お前なら一応十二人の中に入れただろうが」
「興味が無かった」

 そう答えつつ、実際にはそれどころではなかったのだと、思い出した。
 なにせ、大量引退が起きるはずだったのだ。

 この現状になる前、あの日、本当は、俺のギルドは無くなるに等しいはずだったのだから。そう考えると、過去に覚えた辛さが、胸を疼かせた。

「メルトは、何座だ?」
「射手だ」
「へぇ。俺は、獅子座だ。適任だろ?」
「実際の星座は関係ないとイベント説明に書いてなかったか?」
「あったな。だけどな、この世界は、実際の肉体を優先するんだろう? なら、獅子座の俺はやっぱり適任だとは思わないか?」
「さぁ。少なくとも俺が、射手座の皇帝の末裔に、勇者として任命される未来は考えられないけどな」

 そんなやりとりをしてから、俺達はこの日の宿を探した。
 そこそこの値段の宿だ。決して高級な宿ではない。

 チュートリアル最後の依頼のクリア時に、俺達は報酬として、この世界の通貨であるゴールドを得た。今後も得られると願っているが、適度な額の宿で十分だ。野宿も経験したし、シャワーと寝台があるだけで、俺は幸せだ。


 翌日俺達は、このレオ帝国の皇帝陛下に謁見の申し込みをした。
 多忙らしく、すぐには面会できないらしい。

 なので、先に、【ゾディアック大陸の秘密の断片】というシナリオをクリアする事に決めた。

「バルトは来るのかな」

 俺が歩きながら呟くと、ロロが俺を見た。

「シナリオ通りならば、来るだろうな。そこで――息の根を止められたら最高なんだけどな……難しいか」

 確か、ゲームでは、冒険者であるプレイヤーが、郊外の洞窟に入ると、その場には先にバルトがいたはずだ。しかし俺達は最短ルートで来たし、バルトは最低でも一日遅れての出発のはずだ。

「俺達より先についているって事はあるのか?」
「メルト、俺が昨日のんきに宿で爆睡したのは、一日の誤差を修正するためだ」
「……ロロ、お前はいつも爆睡してるだろ」

 俺の言葉に、ロロは答えなかった。

 そのまままっすぐに、俺達は洞窟へと向かった。近づくにつれて緊張し、俺は杖を握る手に力を込めた。前回のクエストでは、戦闘を避ける事が出来た。しかし今回は、困難だろう。

 そもそもロロも殺る気らしい……。

 俺には、一体何が出来るんだろう。ロロが負傷した時の回復以外、何も思いつかない。だが、そもそも怪我をしてほしくはない。

「ここ、か」

 茂みをかき分けた時、視界に洞窟の入口が見えた。ロロがそう口にしたので、俺はゲームの記憶を思い出し、静かに頷いた。

「不動宮洞窟だ。間違いない」

 洞窟には、三種類あって、アリエス独立国とレオ帝国に、それぞれ活動宮洞窟と不動宮洞窟がある。今は存在しないサジタリウス帝国に、嘗ては柔軟宮洞窟が存在したらしいが、ゲーム時のシナリオでは、『その場所は誰も知らない』とされていた。

 中に入ると、周囲は凸凹とした岩壁だった。細い石の道を進んでいくと――突き当たりに青緑色の淡い光が見えた。白にも見える。別に点滅しているわけではなく、不思議な色合いをしていて、瞬きをする度に、違う色に認識できるようだった。

 光を放っているのは、巨大な石版である。

 これが【ゾディアック石版】と呼ばれる、この大陸の秘密が記載されているとされる品に違いない。全部で三つの断片が残っているそうで、全てを読むと、何かが分かるらしい。

 だが俺は、そこに刻まれている文字よりも、その前に立ち、石版をじっと見据えている人物を視界に捉えて硬直した。思わず気配を殺そうとした。掌を石版にあて、文字を横になぞっている青年は――紛れもなくバルトだった。

 その時、俺の隣から、じゃりという音が響いた。
 あっさりとロロが音を立てて、砂利を踏んだのである。
 動揺して一瞥すると、彼は背中から大剣を手にとった所だった。

 それからバルトに視線を戻すと、”敵”は振り返って俺達を見ていた。
 首だけをこちらに向けている。
 無表情だったが、その瞳は険しく鋭いものに思えた。

 やはり、威圧感がある。

「何故ここに?」

 その時、ゲームの中で見たものと同じセリフが、こちらは音声を伴って響いてきた。聞いた事が――正確には、シナリオとして見た事がある言葉だ。

 ただゲームでは、チュートリアルの最後のクエストで、冒険者と戦ったから、こちらの存在を知っているわけだが……俺達は、この場に来るまで遭遇した事は一度もない。そうである以上、このセリフの意味が、ゲームと同じとは限らない。

 まだ、敵対していない可能性もある。
しかし、俺の隣では、既にロロが大剣を構えって楽しそうに笑っている。
 瞳が輝いている。

 だが、うっすらとこめかみに汗が見えた。緊張しているのかもしれない。

「お前こそ何故ここに?」
「――オフィウクス魔術帝国第十三代皇帝ムリフェン=オフィウクス陛下の勅命だ。詳細は言えない。こちらの質問に解答しろ」

 すると、やはりゲームで知っているものと同じセリフが続いた。
 だが、非常に淡々とした声で、まるで棒読みのように思える。
 NPCだからだろうか……? いいや、他のこの世界の人々の声には、感情がある。

 バルトは、元々こういう話し方なのだろうか?
 冷酷そうだ。

「答えは簡単だ。お前の命が欲しい」

 ロロが煽るようにそう言った直後――跳んだ。

 息を呑んだ俺の正面で、あっさりとバルトの背後に回ったロロは、大剣を振り下ろそうとしている。

 回避数値を上げると、こうした移動速度が可能になるのが、ゾディアックというゲームだった。ロロは、誰よりも高い。少なくとも、プレイヤーの中では。

 何も出来ないまま、俺は杖を握っている。
 その前で、いやに緩慢に大剣が動いて見えた。
 勿論気のせいだ。世界の全てが一瞬なのにコマ送りのように思えるだけだ。

 バルトの血が飛び散る場面を想像し、俺は目を伏せたくなったが、なぜなのかそれが出来ない。

 ――次の瞬間、鮮血が飛び散った。

「っ」

 俺は目をさらに見開いた。
 振り返りざまに――バルトが容赦なく、ロロの右肩を、銀色の魔剣で貫いていたからだ。


 血を流しているのは、ロロの方だった。