吸血鬼×ダンピール(半吸血鬼)の設定で付き合っていないけど甘々な雰囲気のスイバとバリスの小説。



 僕は、半吸血鬼ダンピールだ。

 だから、吸血鬼が9割以上、純粋な人間が残りの一部のこの国においては、非常に肩身が狭いんだよね。僕は、無能な国王陛下として有名なんだよ。何故かと言ったら、本来の吸血鬼の力を、僕はほとんど受け継いでいなくて、非常に非力だからだ。この国では、王族が率先して”国民を守る”のが普通だったから、それができない僕は、無能と呼ばれても仕方がないんだよね……。

 何から守るかといえば、冒険者ヴァンパイアハンターからである。何か、誤解しちゃってる冒険者がたまにいて、吸血鬼というだけで襲って来るんだよね……なんだか彼らは、吸血鬼を凄まじく凶悪な怪物だと誤解しているみたいなんだけれど、実際にはそんな事はない。ただちょっと人間の血が主食なだけだ。

 ただ勘違いされては困るのが、きちんと同意を得て血液提供を受けているということであり、無闇に襲いかかったりはしないという事だ。むしろ吸血鬼というだけで襲いかかってくるのは、知識がない人間だけである。

「陛下、何をぼんやりなさっておられるんですか?」

 その時スイバの声がした。スイバは、この国の宰相だ。彼は100パーセント吸血鬼! 吸血鬼中の吸血鬼! と、言われている。彼に噛まれたいという人間は多い。それは性別を問わなくて、いつもスイバの周りには血液提供者が殺到している。一応半分吸血鬼の僕も、たまに血を飲みたくなるのだけれど、僕に血液提供を申し出たという人間の話は残念ながら聞かない……そういう場合があったら、スイバから報告があると思うんだけど、今まで一度も無いからね……。

 逆に――半分だけ人間である利点として、僕もまた血液提供が可能だ。
 ただ、僕は仮にも国王だから、僕に血を寄越せなんていうのは、弟のロードや、親友のライナスくらいのものだった。僕はその時々で、必要があれば提供してきたんだけれど――今は、禁止されている。スイバが宰相になった時、就任挨拶に混ぜ込んで「――それはそうと国王陛下から血液提供を受けるというのは、宰相として容認できない。以後、禁止とさせて頂く」と言ったのを聞き逃していた僕が、「良きに計らえ」と言ってしまったせいだ。二人には、後で泣かれた。

「陛下?」
「え? あ、ううん。ごめん、何でもないよ」
「――バリス、疲れているのか?」

 玉座へと歩み寄ってきたスイバが、小声で僕に言った。スイバは優しい。僕は……そんな彼に恋をしていちゃったりするんだよね。背の高いスイバを、玉座の方が高いから、現在僕は見下ろしている。この角度から見る事に慣れていたから、初めて並んで隣に立った時には、少しドキリとした記憶がある。それはスイバから良い香りがした事も理由かもしれないけれど。

 ――スイバは、純粋な吸血鬼だから、独特の血液香を持っているのである。

 本当に混じりけのない吸血鬼というのは、実は少ない。吸血行為の最中に愛が生まれてしまうパターンって比較的多いから、先祖をたどっていくと、どこかで僅かに人間の血が入っているということは、実は珍しくないのだ。だが、スイバは違う。完璧なる吸血鬼だ。何でも曽祖父も純粋な吸血鬼だったらしく、直接噛まれたらしい。しかもその曽祖父は、真祖とでも言うべき、ナチュラルな吸血鬼だったそうだ。普通はちょっと噛んだくらいで人間を吸血鬼にすることなど出来ない。だが、それが出来てしまう吸血鬼が、世の中には存在するのである。スイバもその一人だ。吸血された際に混入した、吸血鬼側の血の純度が高すぎるらしい。

「ううん、平気だよ」
「だが、顔色が悪い」
「大丈夫」
「本当か? 昨日――悪かったな、無理をさせた」

 スイバは心配そうな瞳でそう言うと、そっと僕の唇に触れた。慌てて僕は周囲を見渡した。誰かに訊かれたら困ると思ったのだ。

「あまりにもバリスの血が甘すぎて、離すことが出来なかった」
「スイバ……ちょ、聞かれたら困る、困るから!」
「別に俺は困らんが」
「……け、けど……スイバが、僕から血を採っちゃダメだと言ったのに、スイバ本人が飲んでるなんてバレたら、罷免されちゃうよ……!」

 そうしたら、一緒にいられなくなってしまうかもしれない。我ながら利己的だけど、僕の一番の不安は、そこだ。顔を見るだけで僕は幸せなのだが、それが無くなってしまったらと考えると、胸が痛む。

「僕は、ずっとスイバに、そばにいて欲しいんだ……お願いだから……」

 僕はそう必死で伝えて、小さくスイバの腕の服を掴んだ。するとスイバが僕の額に唇を押し付けた。玉座に座っていると、キスしやすい位置になるらしい。ごく自然だったから、周囲には気づかれていない――と、思う。ちょっと離れたところで、近衛騎士のリュークが咳払いをしたのは、気のせいだと思う。多分。

「陛下が望むなら、いくらでも」
「スイバ……」
「代わりと言ってはなんだが――」
「何でも言って! 国王権限で出来ることならばなんでもするから!」
「おい。なんだその越権行為は。それは宰相として見過ごせない」
「あ、その、え、えっと……ご、ごめん……」

 項垂れながら、僕は言葉を探した。すると、スイバがそんな僕の手を、両手で握った。

「――陛下もまた、俺と永遠に共にいてくれないか?」
「いる! ずっといる! 一緒にいたいよ!」
「――そうか。どうせ深く意味合いを考えてはいないんだろうが、言質は取ったからな」
「へ?」

 その時、スイバが僕の手首を掴んで引き寄せた。そして――ズキリとした牙の感触を、僕は首筋に感じた。え……?

「っ」

 息を飲む。痛みはなかった。噛まれた瞬間に、スイバが放った血の香りが、痛覚を麻痺させたからだ。甘い甘い薔薇の香りがする。

「ぁ……」

 体の中に、その香りが染み込んでくる。同時に力が抜けていく――いいや、違う、僕の血が抜かれていくのだ。スイバが僕を噛んでいる。なんて、なんて幸せなんだろう。

 そう考えてから、ハッとして、スイバにしがみついた。
 なんとか押し返そうと試みる。理由は三つだ。一つは、公衆の面前だから、先程の嫌な推測そのままに、スイバがクビになってしまうかもしれない事が怖かったのだ。

 だが、重大なのは、残りの二つだ。

「あ、あ、あ……ひッ」

 甘い香りがするということは、スイバの血が流れこんで来ているのだ。つまり――単純なる血液提供とは意味合いが違い、これは、僕は、”正確に”噛まれているのである。スイバのような吸血鬼にこのように噛まれたら、僕は――本物の吸血鬼になってしまう。元々半分は吸血鬼なのだけれど、残りの部分も、全て吸血鬼になるという事だ。例えばそうなれば、スイバが僕の祖となるのだから、僕は強い力――不老不死のような力を得てしまう。そうなれば、生涯僕は、今のままとなる。

 僕は永遠が怖かった。だが、それ以上に怖い最後の一つがある。
 ――流れ込んでくる絶大な快楽だ。

「あ、ああっ」

 牙を揺らされる度に、僕の口からは小さな喘ぎ声が漏れる。その突き刺された箇所から、全身に甘い疼きが広がっていく。ゾクゾクゾクと体が震えた。

「や、やぁっ……ァ……」
「嫌か?」
「スイバ……もっと……ぉ……ああっ!」

 力が抜け始めた僕は、スイバにしがみついた。そんな僕の体を抱き寄せながら、スイバが耳元で囁いた。

「これで、ずっと一緒にいられるな」

 僕は嬉しくて涙した。
 ――轟音がしたのはその時である。

「陛下から離れろ!」
「兄上に手を出すな」

 リュークとロードが、左右からスイバに襲い掛かり、片手で展開した魔術でスイバがそれを防いだところだった。ぼんやりと僕はそれを見ていた。

 ロードが叫ぶ。

「伴侶どころか、恋人でも無いくせに、付き合ってもいないくせに、何ていう事を! 俺は反対だ!」
「黙れ小姑が。実力行使させてもらっただけだ。同意は得たぞ」

 しれっと答えたスイバは、僕をさらに強く抱きしめると、余裕たっぷりの笑みを浮かべた。なんて格好良いんだろう……! 僕、思わず見惚れちゃったよ……。

「陛下は、俺と永遠に共にいて下さるんですよね?」
「うん。僕は、ずっと一緒にいたいよ」
「聞いたか? 現時点を持って、こちらの国王陛下は、俺のものだ」
「僕が、スイバのもの……!!」

 僕は嬉しくなって、泣きながら頬を染めた。すると顔を歪めて脱力したロードと、こめかみを押さえて剣をしまったリュークが見えた。

「――陛下のお気持ちは、日夜放たれる宰相閣下との間の甘ったるやりとりでよく理解しておりましたが、近衛騎士として、いいえ、陛下を慕っているひとりの人間として、全く納得できません」
「よく言った。俺も弟として、リュークと同じ見解だ」
「負け犬共がよく吠えるな」

 スイバは吐き捨てるように笑うと、僕の耳元に唇を寄せた。

「バリス、移動するぞ」
「うん……うん……――うん」

 僕は必死に頷いた。けれど血と共に力が抜けた体と朦朧とした思考では、なかなか上手くできない。そんな僕を、玉座からスイバが腕で抱き上げた。お姫様抱っこされて、僕は思わず照れた。我ながら乙女だよね……僕、男なんだけどさ。落ちないようにスイバの胸元の服を掴む。

 それから僕達は、隣にあった僕の休憩室へと移動した。
 そこで何度も深く噛まれながら、僕は幸せを感じた。

 ――僕とスイバの婚姻が発表されるのは、また別のお話である。