【本編後】願いが叶う頃【2018/03/18】





 ログアウト不可になる前――幼馴染にして唯一の親友というのが、僕の中での粋龍こと降大の立場だった。ゲーム以外では人付き合いが希薄だった僕の中では、数少ないいろいろなことを話せる”リアル”な相手だった。


 嫌われたらどうしよう、なんて考えた事すら無かったかもしれない。


 降大がそこにいるのはごく自然な現実ではあったけれど、隣にいるのが普通だと思っていた記憶はない。多分、いつかいなくなるのだろうと感じていたし、そうなってもたまには連絡をするだろう程度の考えで――要するに深く考えた事自体、無かったのである。


 それが、クラウンズ・ゲートのログアウト不可の一連の事件を経て、新たなる現実へと戻ってから――僕達の関係が友達というカテゴリではなく恋人に変化を遂げてからは、少しずつ変わり始めた気がする。


 最初、僕はその変化に気がつかなかった。
 どことなく以前より、降大の調子がぎこちないと感じた時はあった。
 ただその理由は、仕事が忙しいのかな、だとか、僕に由来しているとは考えなかった。


 ――そして、それが続いてからようやく、僕は、嫌われるような事をしたのだろうかと、少しだけ考えた。だけど僕は降大が好きで大切だから、一緒にいる選択肢を選んだわけで、そうである以上、率直に聞いて不安を解消し、欠点があるならなおしたいと感じた。


 多分、あれは珍しくこの地域に霙が降った日だ。
 ありきたりなカフェで待ち合わせをしていた僕達は、午後五時を過ぎた頃に合流した。


「珍しいな、若葉から誘われるのは」
「――僕が誘っちゃダメなの?」


 コーヒーカップの載るトレーを持って、僕の正面に座った降大に、思わず聞き返した。


「いや、大歓迎だけどな……いつも俺の方が誘うだろう?」


 降大がそう言って苦笑しながらカップを持ち上げたので、僕はキャラメルマキアートのストローを噛んだ。言われてみれば、確かにそうだ。誘われる方が多い。基本的に僕は腰が重いし、暇があれば降大は声をかけてくれるから、そうじゃなければ忙しいのかなと判断していた。


 ただ……最近はその頻度が減っていると思う。
 僕がなにかして嫌われかけているのか、それとも本当に忙しいのか。
 そもそもこの時、呼び出したのは、それが知りたかったからだ。


「降大が忙しいなら、無理に誘って――その、嫌われたら嫌だなと思ったんだよ」


 素直にそう伝えると、降大が目を丸くした。
 それから小さく吹き出すように笑った。


「俺がお前を嫌いになることなんてない。俺の方こそ、ここ最近ずっと、若葉に嫌われたらどうしようかとばかり考えてるんだ。情けないことに」


 その後は、雑談に転じた。だから、この言葉をじっくりと考えるようになったのは、ずっと後になってからだ。


 付き合えば付き合うほど、僕は、降大の優しさの中で、自由に――あるいはわがままになっていく。逆に降大は、消極的になっていったように感じている。


 だから翌年の冬、僕は再び、同じカフェに降大を呼び出した。


「珍しいな、仕事は?」


 平日の三時頃――普段の僕であれば仕事をしている時間帯だった。
 降大は家で仕事をしているから、曜日や時間には融通が利く。


 そもそも一緒に暮らしているため、僕の日程を降大は大体把握しているから、僕の突然の呼び出しに驚いたらしい。


「大切な話があるから、半休を取ったんだ。有給」
「別れ話なら、聞く気はないぞ」
「違うよ。どうして僕が別れ話なんてすると思うの?」
「振られるのが怖いからだ」
「――それ、そこ。その部分が、僕の側の大切な話なんだよ」


 僕はそう告げて、細く長く息を吐いた。


「どうして降大は、僕に嫌われるのが怖いの?」
「どうして? どうしてと言われてもな……」
「降大は、僕を嫌いになるの?」
「ならない」
「同じように、僕だって嫌いになんてならないよ」


 降大となら、いくらでも話し合える気がする。
 ずっと隣にいたいと、今では確かに思っている。


「――、あのな」
「何?」
「……俺は今でも」
「今でも?」
「幸せすぎて怖いんだ。この幸せが壊れる事も、実は夢なのかもしれないという不安――ログアウト出来ていない俺の夢なんじゃないのかという恐怖、ま、そういう諸々だ」


 その言葉に、僕は息を呑んだ。


「多分な、一生俺は怖い。若葉といる限り、常に不安は消えない」
「……それは、僕が降大を不幸にしてるの? 怖かったり不安だったりって……」


 まさか、一緒にいない方が良いのだろうか……?
 そんな不安がよぎった時、降大が微苦笑して、小さく首を振った。


「俺は不幸じゃない。そんな不安を抱けるほどに、若葉がそばにいてくれるからだ」


 僕はそれを聞いて――……僕の手で降大を幸せにしたいと思った。不安すら消えてしまうくらいに、降大にとって、僕という存在が自然になれば良いと願った。


 ただ、まだその方法が分からないでいる。
 好きだ、愛している、そんな言葉では足りない。伝えきれない。
 僕がどんなに降大の事を大切に思っているのか、表現できない。


 だけど――僕はそう遠くない未来には、きちんと降大を幸せにすると決意した。
 例えば、次の桜が咲くまでに。
 ちょっと早すぎる期限だろうか?


 それでも桜の季節に、この願いが叶う事を僕は祈っている。