【本編後】成長(粋龍×黒麦)



 色々な事に慣れた――慣れさせられた現実、正確には仮想現実での日々から、数年。当時も今も、変わらず粋龍は、喫煙者だ。天井へと登っていく紫煙を気怠く眺める。

 紫に烟る自室。日中の職場でもある。
 ログアウト不可になって、様々な意味合いで陰惨な日々を過ごしてから、四年。
 二十代も中盤に差し掛かった。

 果たして大人になったのかと、嘗ての自身に問われたならば、答えは否だ。
 小手先だけの日常活動が上手になった部分はあるかもしれないが、あるいはそれは退化でさえあるだろう。それでも今はそばに黒麦がいるし、まだ、そばにいてくれる。

「不幸中の幸い、か」

 感慨深い言葉を舌に載せ、粋龍は吐息した。
 もう数年も経つというのに、それでも何度も考える。あの日々の事を。
 黒麦という太陽を失いかけた日々の事を。

「何が?」

 不意に響いた声に振り返ると、そこには愛しい相手――黒麦が立っていた。

「いや。別に」

 煙草を指に挟んで粋龍が微笑すると、黒麦が中へと入ってきた。
 そして隣に立った後、近くの椅子を引き寄せて、そこに座る。
 粋龍が仕事中では無いと判断したから、らしい。

「俺達も大人になったなと思ってな」
「――そう?」

 首を傾げた黒麦を、粋龍が見る。確かに、あまり変化がなく見えるが――それは、純粋に愛に変化がないだけかもしれない。愛おしいから、黒麦のどんな表情も変わらず好きなのだ。

「僕から見ると、降大って、昔から大人だけど」
「かもな」

 微苦笑した粋龍は、手を伸ばして、そっと黒麦の頬に触れた。
 実際には、黒麦の前ではいつだって大人びた余裕ある人間でいたいだけだ。

「達、って事は、僕も大人になったって意味?」
「どうだろうな」
「――僕達の『関係』が、って意味?」

 続いた黒麦の声に、粋龍は思案した。それが肉体関係を指すのであれば、答えは数年前からYESとなる。だが、相手の愛情を感受できるような成熟した関係性の構築という意味合いならば、現在も己はNOなのかもしれないと、漠然と思った。愛されている自信がないわけではない。愛される毎日が壊れる不安が持続し、途切れないだけだ。

 手に入らないと思っていたものが、手に入ったからこその不安だ。

「大人になったとして、これからおじいちゃんになるまで、成長を続けないとね」

 黒麦の言葉で我に返った粋龍は、その言葉に吹き出した。
 実際に一緒にいると、不安が吹き飛ぶ事もまた多い。それも昔のままだ。

「これ以上、どうやって成長させたら良いのか分からん」
「何を?」
「お前への愛を」
「ちょ、ちょっと何をいきなり」
「好きすぎてキツイ」
「あのね……それは、さ……僕だって同じだよ」

 そんなやりとりをしてから、唇を重ねた。
 冗談めかして伝えはしたが、紛れもない本心で。

「じゃ、じゃあ、ほら、僕へのその愛情を減らさない努力をしていって」
「減らし方を知りたいレベルだ」
「減らさなくて大丈夫」
「俺の体が持たない。精神的な意味で」
「僕、癒し系になるから」

 気軽に話せる幼馴染という関係性も、明確に残存している。
 それがまた心地良い。

 本当は、分かっていた。
 ――不安心の成長さえ止めたならば、それで良いのだと。
 他の部分とて、無理に成長させる必要はないのだと。

「そうだ、今日は、外で食べよう」
「おう。どこに行く?」
「たまには、ブラブラしてお店を新開拓するのも良いかなって思って」
「悪くないな」

 それから二人で、外出準備をして、ぶらりと外へと出た。
 手を繋いだのは、自然すぎて、どちらからだったのかも分からない。

 幸せだ。